歴代最高の助っ人として、よく名前が挙がるのが2年連続三冠王になった元阪神のランディ・バース。加入1年目は35本塁打だったが、阪神の助っ人で、加入1年目に最も多く本塁打を放ったのは誰かご存じだろうか? 今回は、各球団の「加入1年目助っ人の最多本塁打記録」を調べてみた。

懐かしい名前が並ぶセ・リーグ


 まずはセ・リーグ6球団から、加入1年目で最も多く本塁打を放った助っ人をまとめてみた。


巨人・クロマティ

●巨人 ウォーレン・クロマティ 35本塁打(1984年)

 巨人はクロマティが1年目に放った35本塁打が歴代最多。他のチームの助っ人は1年目に40本以上の本塁打を記録しているが、意外にも巨人で1年目に40本以上打った自前助っ人はいない。とはいえ、クロマティはその後7年にわたり巨人に在籍。打線の軸としてチームに貢献し続けた。


阪神・ブリーデン

●阪神 ハル・ブリーデン 40本塁打(1976年)

 これまで強打が武器の助っ人を数多く獲得してきた阪神。1年目に最も多く本塁打を放った助っ人がブリーデンだ。来日1年目から掛布雅之、田淵幸一らと強力な打線を形成し、チーム最多の40本塁打を記録。残念ながら「王貞治」という絶対的な存在がいたため最多本塁打のタイトルは獲得できなかったが、翌1977年も37本塁打と活躍した。


ヤクルト・ペタジーニ

●ヤクルト ロベルト・ペタジーニ 44本塁打(1999年)

 ヤクルトの歴代助っ人の中では、ペタジーニが1年目に最も多くの本塁打を放っている。序盤は日本のピッチャーに苦しめられたが、ボールに慣れ始めた5月以降は一気に調子を上げると本塁打を量産。それまで1年目最多はラリー・パリッシュの42本だったが、それを上回る44本塁打を記録した。


中日・ブランコ

●中日 トニ・ブランコ 39本塁打(2009年)

 中日は、ブランコが2009年にマークした39本が1年目助っ人最多記録だ。前年オフに退団したタイロン・ウッズに代わる活躍が期待されたが、前半戦だけで28本塁打をマーク。後半戦は失速したが、最終的に39本塁打で本塁打、打点の二冠王になった。


広島・ラロッカ

●広島 グレッグ・ラロッカ 40本塁打(2004年)

 広島の歴代助っ人で、1年目最も本塁打を放ったのがラロッカ。前半26本、後半でも14本をマークし、それまで1年目最多だったリック・ランスの39本を超える40本塁打を記録した。死球が多い選手としても知られており、2004年はリーグ最多の23死球を記録。オリックス時代の2007年にはNPB記録となる28死球という数字を残した。


DeNA・ソト

●DeNA ネフタリ・ソト 41本塁打(2018年)

 DeNAは現在もチームの主砲として活躍するソトが歴代最多の記録保持者だ。来日1年目の2018年は、前半戦をケガで棒に振り、5月に復帰後も本塁打は放つも、そこまで注目される存在ではなかった。しかし、夏場に入ると途端に本塁打を量産するようになり、8月以降だけでなんと21本を記録。終わってみれば41本塁打で1年目ながら本塁打王に輝いた。

西武のカブレラは助っ人の1年目最多記録を樹立


 続いてパ・リーグ6球団の「1年目助っ人の最多本塁打記録」を紹介する。


阪急・スペンサー

●阪急(現・オリックス) ダリル・スペンサー 36本塁打(1964年)

 オリックスは少し時代をさかのぼり、阪急時代の1964年に加入した、スペンサーの36本が最多記録。タイトル獲得こそならなかったが、打率、本塁打、打点の3つでチームトップの成績を残した。また、スペンサーは類いまれな打撃力だけでなく、日本に「考える野球」をもたらした助っ人でもある。


ロッテ・ディアズ

●ロッテ マイク・ディアズ 39本塁打(1989年)

 ロッテは、ダイエーの山内和宏との乱闘騒ぎが有名なディアズが歴代最多。来日1年目の1989年は、近鉄のラルフ・ブライアントが49本塁打を放っていたためタイトル獲得はならなかったが、全130試合に出場して自己最多となる39本塁打をマークした。ちなみに、山内との乱闘騒ぎも来日1年目のもの。


楽天・ブラッシュ

●楽天 ジャバリ・ブラッシュ 33本塁打(2019年)

 2005年創設と歴史の浅い楽天は、2019年加入のブラッシュがマークした33本が、1年目助っ人では最多の数字。好不調の波が激しい選手だったが、最終的に浅村栄斗と並んでチームトップの本塁打を放った。残念ながら翌2020年は2本塁打に終わり、2021年1月に現役を引退した。


南海・クラレンス・ジョーンズ

●南海(現・ソフトバンク) クラレンス・ジョーンズ 33本塁打(1970年)

 ソフトバンクも強打の助っ人が多いチームだが、1年目最多となると南海時代の1970年のクラレンス・ジョーンズまでさかのぼる。ただ、本塁打数は33本と、他のチームの1年目最多記録と比べると物足りない数字だ。とはいえ、ジョーンズは在籍4年間全てで30本塁打以上をマーク。移籍した近鉄でも2度本塁打王になるなど、頼れる助っ人だった。


西武・カブレラ

●西武 アレックス・カブレラ 49本塁打(2001年)

 西武はなんといってもアレックス・カブレラ。2001年はタフィ・ローズが55本塁打を放っているが、カブレラも1年目ながらいきなり49本と大活躍を見せた。この数字は来日1年目の助っ人では歴代最多だ。ちなみに、カブレラと同じく2001年加入のスコット・マクレーンも39本塁打をマーク。この2人が並ぶ西武打線は他チームにとって脅威だった。


日本ハム・ソレイタ

●日本ハム トニー・ソレイタ 45本塁打(1980年)

 日本ハムの助っ人では、「サモアの怪人」こと、トニー・ソレイタの45本塁打が歴代最多だ。1980年、1年目のソレイタは、45本塁打を放つもリーグ最多の121三振も記録。まさに本塁打か三振という、助っ人らしい成績だった。しかし、日本の野球に慣れた翌年は44本塁打でタイトルを獲得するだけでなく打率も3割に到達。リーグ優勝にも貢献した。

 12球団それぞれの「加入1年目助っ人の最多本塁打記録」を紹介した。現在も活躍している選手から、懐かしい助っ人の名前までバラエティーに富んだラインアップになったのではないだろうか。今年は新型コロナの影響もあり、新加入の助っ人が活躍できていない状況だ。ぜひ後半戦は、心機一転し、前半のフラストレーションを払拭するような活躍を見せてもらいたい。

文=中田ボンベ@dcp 写真=BBM