読者からの質問にプロフェッショナルが答える「ベースボールゼミナール」。今回は外野守備編。回答者はゴールデン・グラブ賞に9度輝いた名手、元西武ほかの平野謙氏だ。

Q.元コーチの平野さんにお聞きします。現役時代の日本ハム・新庄剛志監督はどんな外野手でしたか(北海道・匿名希望・33歳)



日本ハム現役時代の新庄

A.守備範囲は広いし、勘も良く、肩も強くて送球は正確。おだてるわけではないが、素晴らしい外野手でした

 最初に断っておきますが、僕は新庄剛志の阪神時代は、ほぼパ・リーグだったので、ほとんど見ていません。日本ハムのコーチとなり、彼が選手だった2006年の1年を中心とした印象になります。あの年の日本ハムは日本一にも輝きましたが、新庄がセンターで、ライトが稲葉篤紀、レフトが森本稀哲で3人ともゴールデン・グラブ賞の年です。

 別に監督になったからおだてるわけじゃありませんが(笑)、守備範囲は広いし、勘もいい。スローイングは肩も強いし、正確でした。素晴らしい外野手だったと思います。スローイングに関しては、イチロー(マリナーズほか)より捕ってからは早かったと思います。

 特徴としては深め、要は後ろを守りたがる外野手でした。深めに守備位置を取る選手はたいてい後ろの打球、たとえばフェンス際の打球に苦手意識があるタイプ。新庄の場合もたぶんそれはあったと思いますし、もちろん、肩に自信があったこと、足も速かったので前めの打球は問題ないと思ったこともあるでしょう。本人に聞いたときは「いや、後ろを抜かれたらカッコ悪いでしょ」と言っていました(笑)。僕が同じ選手であれば、「へえ、そうなの」で終わりですが、コーチですからそうもいかない。「そうじゃない。お前の足と守備力があれば後ろなんか抜かれないよ。自信を持て」と言ったんですが、どう思ったのか、ニコニコ笑って聞いていただけでした。


イラスト=横山英史

 実際、僕は新庄だけじゃなく、日本ハムの外野手たちにかなり前に来いと言っていたほうです。当時の外野手、稲葉、森本は「大丈夫かな」という顔をしながらも前に来ていましたが、新庄は一度は前に来るけど、見ていたら少しずつ戻って、いつの間にか前の位置に戻っていた。もちろん、状況的にどうしても前に来なきゃいけないとき、1点を取られたらダメだというときは前に来ていました。奇をてらったり、セオリーを無視するタイプじゃなかったですよ。僕から見たら後ろ過ぎただけで(笑)。

 新庄がフライを捕る際、ぴょんと飛ぶのは癖でしょうね。僕もノーステップで投げなきゃいけないときはジャンプして捕って送球できる姿勢で着地したこともありましたが、新庄はそういうわけでもなかったですね。でもね、別にぎりぎりのプレーでしたわけでもありませんし、極論すれば、落とさなければいいんですよ。背中で捕ろうが何だろうが(笑)。

●平野謙(ひらの・けん)
1955年6月20日生まれ。愛知県出身。犬山高から名商大を経て78年ドラフト外で中日入団。88年に西武、94年にロッテに移籍し、96年現役引退。現役生活19年の通算成績は1683試合出場、打率.273、53本塁打、479打点、230盗塁。

『週刊ベースボール』2022年3月21日号(3月9日発売)より

写真=BBM