高橋聡文は福井から高校で富山へ



星稜高から中日へ進んだ小松

 2015年のセンバツで初めて全国の頂点に立った福井県だが、そのときの敦賀気比高のエースだった平沼翔太は日本ハムへ野手として入団、現在は西武でプレーしている。過去にはタイガース(阪神)が最初に契約した松木謙治郎や代打で沸かせた川藤幸三ら猛虎たちもいて、全体的に野手が優勢だ。プロで活躍した投手では1977年に20勝、82年に最優秀防御率となった敦賀工高の高橋里志や20世紀から21世紀にかけてリリーバーを務めた横山竜士など、広島と縁がある好投手が目立つ。ほぼ同じ時期に中日と西武でセットアッパーとして活躍したのが大野高の正津英志。中日でリリーバーの後輩となった高橋聡文も福井県の出身だが、富山の高岡第一高を出ている。

 高橋聡文がまたいだ(?)石川県は甲子園の優勝こそないものの、好投手が並んでいる。甲子園では星稜高の松井秀喜(巨人)が5打席連続で敬遠された場面が語り草となっているが、その星稜高の先輩となるのが中日で“スピードガンの申し子”と呼ばれた小松辰雄。中日の先輩には金沢高の堂上照もいて、息子の剛裕と直倫も中日へ入団したことでも知られるが、息子2人は愛知県の出身だ。金沢高の先輩には国鉄(現在のヤクルト)でプロ野球3人目の完全試合を達成した宮地惟友もいた。小松の星稜高からドラフト1位で2020年にヤクルトへ入団、プロで宮地の後輩となったのが現役の奥川恭伸だが、同じく現役では楽天の釜田佳直が宮地らの金沢高を出ている。

 高橋聡文の出た高岡第一高には実家の田畑建工を手伝っているタイミングでダイエー(現在のソフトバンク)からドラフト10位で指名され、移籍したヤクルトで覚醒した田畑一也もいるが、目立つのは現役ロッテ勢。育成からリリーバーとして大ブレークを遂げた西野勇士は新湊高の出身。年齢は西野より上だが、同じく富山県の出身なのが石川歩だ。高校から近隣の都道府県へ移動するケースも多く、苗字が石川と紛らわしいが(?)、石川は富山の滑川高から中部大、東京ガスを経てドラフト1位で入団。1年目の14年には新人王に輝いている。

文=犬企画マンホール 写真=BBM