◆日本食も楽しむランドリー「お気に入りは焼肉とお好み焼き」

 今年1月末に広島ドラゴンフライズ(B2)へ電撃入団を果たしたカール・ランドリー。NBAでは2015−16シーズンまで計9シーズンをプレーし、昨季はCBA(中国)に所属してきた。

 2月15日、東京八王子ビートレインズとの第1戦を終えた後、ランドリーへBリーグについて聞いてみると「どこでプレーしようと、バスケットボールはインターナショナルなゲーム。そういった意味では、バスケットの世界に帰ってくることができたことをうれしく思ってます」と人なつっこい笑顔を見せながら答えてくれた。

 Bリーグにはジュリアン・マブンガ(京都ハンナリーズ/B1)とドゥレイロン・バーンズ(西宮ストークス/B2)という友人がおり、「たまにメールを送ったりしています。ここに来る前は、ツイッターとかでも連絡を取り合ったりしましたし、彼らのプレーもハイライトなどで見ていました」とランドリーは言う。

 自身のファーストネームと同じスナック菓子「カール」を手に持って笑顔でクラブの公式SNSに映るなど、ランドリーは明るいキャラクターも特徴的だ。日本食については「いろいろと食べたりしていて、『いいなぁ』と思ってます。焼肉とお好み焼きが好きですね」とグルメも楽しんでいるようだ。

お気に入りの日本食についても語ってくれたランドリー[写真]=B.LEAGUE

◆ロケッツに所属したルーキーシーズン、当時NBA史上2位の22連勝を経験

 ここからは、ランドリーのNBAキャリアにおけるエピソードを紹介したい。ランドリーから見た印象的なシーン、最も印象に残っているチームメート、そして今季限りで引退がウワサされるダーク・ノビツキー(ダラス・マーベリックス)について聞いてみた。

 ランドリーは2007年ドラフト2巡目全体31位指名でNBA入りを果たした。ドラフト同期では、ケビン・デュラント(ゴールデンステイト・ウォリアーズ/1巡目2位指名)やアル・ホーフォード(ボストン・セルティックス/1巡目3位指名)、マイク・コンリー(メンフィス・グリズリーズ/1巡目4位指名)などがいる。

 シアトル・スーパーソニックスからランドリーは指名されたのだが、ドラフト当日にヒューストン・ロケッツへとトレード。デビューシーズン(07−08)をロケッツでプレーすることとなった。当時のロケッツには、トレイシー・マグレディ(元ロケッツほか)とヤオ・ミン(元ロケッツ)という2人のオールスタープレーヤーを擁し、シェーン・バティエー(元グリズリーズほか)やレイファー・アルストン(元ロケッツほか)といった選手たちが所属していた。

ルーキーシーズン途中からロケッツでローテーション入りした⑭ランドリー。ちなみに写真左は名古屋Dでプレーするアームストロング[写真]=Getty Images

 このシーズンのロケッツは、ウエスタン・カンファレンス5位の55勝27敗。プレーオフ1回戦ではユタ・ジャズ相手に2勝4敗で敗退したものの、レギュラーシーズンでは当時歴代2位となる22連勝を記録し、リーグに衝撃を与えたのである。

 ロケッツは08年1月30日(同29日)のウォリアーズ戦から連勝をスタート。12連勝目を飾った後、ヤオがケガで戦線離脱してしまうも、マグレディを中心にロケッツは連勝を伸ばしていき、3月17日(同16日)のロサンゼルス・レイカーズ戦まで約1か月半もの間、連勝を続けてきた。

 ルーキーだったランドリーはベンチからハッスルプレーとリバウンド、チームメートとの合わせなどを交えて得点面でも貢献。ヤオが抜けた後は5試合連続で2ケタ得点を挙げる活躍を見せた。22連勝中のトップ10プレーを紹介するNBAの公式YouTube動画でも、ランドリーのダンクが堂々5位に入っている。

◆最も印象的な選手として挙げたのはロケッツをけん引したマグレディとヤオ

 主力の1人として活躍していたバティエーは、当時について『NBA.com』へ「あの時の僕らは、バスケットボールの歴史上、最も起こりそうもない連勝記録の1つを見せてきた。もしかすると、スポーツ界全体でも突出したことだったのかもしれない。なにしろ、僕らはジャーニーマンが多かったし、ロールプレーヤーの集まりだったからね。もしヤオとトレイシーが2人とも健康だったら、きわめていいチームだった。でも、健康になることはなかったんだ」と振り返っている。

 この22連勝についてランドリーに聞いてみると、「当時はどこにも負ける気がしなかった」という答えが返ってきた。そしてこう続けた。「僕らの連勝が止められたのは、その年の優勝チーム、ボストンだったんだ」。

 3月19日(同18日)、ロケッツはホームのトヨタ・センターでボストン・セルティックスと対戦。このシーズンにリーグトップの66勝16敗を挙げたセルティックスは、プレーオフでは苦しんだものの、NBAファイナルでレイカーズを4勝2敗で下してチャンピオンとなった。

 その試合ではケビン・ガーネット(元ミネソタ・ティンバーウルブズほか)に22得点11リバウンド3スティール2ブロック、ポール・ピアース(元セルティックスほか)に20得点5アシスト3スティールを奪われてしまい、74−94で大敗。連勝が22でストップしてしまったのである。

 NBAキャリアの中で、ランドリーはロケッツ、サクラメント・キングス、ニューオーリンズ・ホーネッツ(現ペリカンズ)、ウォリアーズ、キングス、フィラデルフィア・セブンティシクサーズの計5チームに所属してきた。

 キングスではデマーカス・カズンズ(現ウォリアーズ)やアイザイア・トーマス(現デンバー・ナゲッツ)、ホーネッツではクリス・ポール(現ロケッツ)、ウォリアーズではステフィン・カリー、クレイ・トンプソン、ドレイモンド・グリーンといったオールスター選手たちとプレー。

 そこで「キャリアの中で最も印象に残っている選手は誰ですか?」とランドリーに聞いてみると、ロケッツ時代のチームメート2人の名を挙げた。

 「マグレディかヤオかな。彼らは今までに見たことがないほどの才能を持っていたから。ほかの選手たちと比べても、彼らの才能は突き抜けていたと思います」。

 ルーキーシーズンに史上2位(現在は4位)の連勝記録を達成したチームで自らも勝利に貢献していたことを考えると、ランドリーの意見には思わず納得してしまう。

主に2000年代中盤のロケッツで主役を務めたマグレディ(左)とヤオ(右)[写真]=Getty Images

◆「衝撃を受けた」と明かしたノビツキーとのマッチアップ

 最後に、ノビツキーについては入団時の会見でも語っていたのだが、実際にマッチアップしたランドリーの言葉をもっとバスケットボールファンに伝えたいと思い、聞いてみるとこう答えてくれた。

 「自分としては、マッチアップした中で最高の選手でした。これまであのサイズ(213センチ)では見たことのないシューティングスキルがありましたし、彼のフェイドアウェイショットは誰にも止められませんでした。彼はこれまでにいなかったタイプでしたので、衝撃を受けました」。

 今でこそ213センチを超えるビッグマンが当然とばかりに3ポイントを決めているが、ノビツキーがNBAデビューした1998−99シーズンはまさに異色の選手であり、ランドリーがロケッツなどで活躍していた時でさえ、似たようなプレースタイルを持つ選手はほとんどいなかったと言っていい。

キングス在籍時のランドリー(右)とノビツキー(左)[写真]=Getty Images

 もっとも、ノビツキーはオールスター期間中に「レギュラーシーズンのラスト数週間になった時点で、身体の状態を確認したい」と口にしており、まだ引退は明言していない。それでも、将来のバスケットボール殿堂入りが確実なレジェンドは、ランドリーをはじめ世界中のスポーツファンに多大な影響を与えたことは間違いない。

 アウェーの試合を終えた後、親しみのある表情で時折笑顔を見せながら自身の経験談を語ってくれたランドリー。Bリーグ開幕以来、最も多くのNBA出場経験(513試合)を誇るビッグマンは、チーム最優先のアンセルフィッシュなナイスガイだった。