9月21日。シャープシューターのJJ・レディックが自身のポッドキャスト番組「The Old Man and the Three」でバスケットボールから引退することを発表した。

 テネシー州で生まれた男は、名門デューク大学3、4年次に『AP』のオールアメリカファーストチームに選ばれ、4年次には年間最優秀選手にも選ばれたエリート。

 2006年のドラフト1巡目11位でオーランド・マジックから指名されると、ドワイト・ハワード(現ロサンゼルス・レイカーズ)らと共にマジックで活躍。13−14シーズンからはロサンゼルス・クリッパーズで不動の先発シューティングガード(SG)としてクリス・ポール(現フェニックス・サンズ)やブレイク・グリフィン(現ブルックリン・ネッツ)、ディアンドレ・ジョーダン(現レイカーズ)らとプレーオフ常連チームとしてプレー。

 17−18、18−19シーズンにはフィラデルフィア・セブンティシクサーズでジョエル・エンビード、ベン・シモンズらとプレーし、一昨季はニューオーリンズ・ペリカンズ、昨季はペリカンズとダラス・マーベリックスでプレーし、通算940試合(うち先発は488試合)の出場でキャリア平均12.8得点2.0リバウンド2.0アシストを残した。

 NBAキャリア15シーズンのうち、7度も3ポイント成功率40.0パーセント超えを果たしたシューターは、キャリア平均で41.5パーセント(平均2.1本成功)という高精度なアウトサイドショットが光った。

「7歳だった頃、僕は年を重ねてデュークでプレーすることを夢見ていた。NBAでプレーすることもね。バスケットボールキャリア最後の30年間は、僕が描いていた夢を超えていたんだ。こんなに長くバスケットボールを続けられるなんて想像もしていなかった。ユースチーム、AAU(アマチュア運動連合)、高校、デュークで4年間をプレーし、NBAで15年間もプレーすることができた。僕は愛してやまないこのゲームから引退することにした」。

 ポッドキャスト番組でバスケットボールキャリアについてそう振り返ったレディックへ、マジック時代のチームメートのニコラ・ブーチェビッチ(現シカゴ・ブルズ)は「プロとはどうあるべきか、たくさん教えてくれた人だった。すばらしいキャリア、おめでとう。引退後、家族との時間を楽しんで!」とツイートして祝福。

 引退を決断した要因についてはケガや新型コロナウイルスとその安全衛生プロトコルによって家族と離れ離れになったことなどに悩まされたとレディックは明かしていた。

 そして「今は考えがいくつかハッキリした。僕にとって、今は父親になる時であり、深く考えて、小休止する時なんだ。そして人生の次の章に向けて準備する時間なんだと思う」と口にした。

 プロバスケットボール選手として15シーズンを戦い抜いたレディックは、リーグ史で見ても有数の3ポイントシューターとして記憶されることになるだろう。

 人生の次章がどうなるかを楽しみに待ちつつ、まずはすばらしいキャリアを祝福し、「ありがとう」と伝えたい。