12日、東京都・後楽園ホールにてドラディション『TATSUMI FUJINAMI 50th ANNIVERSARY THE NEVER GIVE UP TOUR PHASE-2 IN TOKYO Dear NEW GENERATION』が開催された。

 藤波は1971年5月9日に日本プロレスでデビューし、新日本プロレスで活躍。現在は自身の団体であるドラディションを率いているが、1プレイヤーとしても衰えを見せることなく、昨年にはHEAT-UPでシングル二冠王となったり、新技“ドラゴンバスター”(※変形フルネルソンバスター)を開発したりと常に己の限界を磨き続けている。

 今大会は藤波のデビュー50周年大会の1つとして開催されたが、4月末に藤波が新型コロナウィルス陽性判定を受けたため今大会を欠場することに。
 療養・隔離期間から試合当日まで十分な時間が取れない故の苦渋の欠場とのことだが体調は既に安定しており、この日リングに登場した藤波はファンに挨拶を行い放送席で解説を務めた。

 そんな藤波の穴を埋めるべく、愛弟子とも呼べる新日本プロレスの棚橋弘至が緊急参戦。藤波の欠場を知るや否や棚橋が自ら立候補して決まったのだという。
 これを受け、メインイベントは永田裕志&越中詩郎&棚橋弘至vs長井満也&高橋ヒロム&鷹木信悟の6人タッグマッチというドラゴン不在の中でも極上のカードが実現した。

 全選手入場後、棚橋のガウンから無数の黒い羽がリングに散ったことから長井が棚橋にすべて拾わせるというドラディションの洗礼を浴びせる。そして怒れる長井は「解説してる場合じゃないんだよ!リングまで来い!セコンド付け!」と放送席の藤波にも激怒。
 そしてヒロムが「初代IWGPジュニアヘビー級チャンピオンの越中さん!お手合わせよろしくお願いします!」と先発での対決を希望するも、越中は強烈なヒップアタックを見舞ってヒロムにお仕置き。
 中盤からは棚橋が捕まる展開となり、3人に袋叩きにされた棚橋は大ピンチを迎える。鷹木らが放送席の藤波へ「どうすんだ?!どうすんだ?!」とドラゴンストップを要求して挑発し、長井が藤波へ見せつけるように棚橋へドラゴンスクリューからのドラゴンスリーパーでギブアップを迫る。
 これを見た藤波はついに重い腰を上げ、エプロンに上がる。鷹木の「またぐなよ!またぐなよ!」という警告を無視して藤波がリングに上がると、鷹木&ヒロムが2人がかりで藤波に襲いかかるが、藤波はドラゴン張り手で2人をふっ飛ばし、長井へドラゴンスクリュー。大ダメージを受けた長井へ、永田が串刺しビッグブート、越中がヒップアタック、棚橋がスリングブレイドからハイフライフローを見舞い、これで3カウント。

 試合後、マイクを取った藤波は「50周年、自分の大会なのに自分が出られないというジレンマで今日はずーっと放送席にいましたから、とにかくなんか、やりたくなるねえ!これまで何度かやったなかでずーっとタッグマッチで上がってきました。久々になんか、シングルをやりたくなったなあ!12月1日、代々木が決まってるし、久々、シングルをやるかなあ〜?」と棚橋をチラチラ見ながらドラディション初となる12月1日の代々木競技場第二体育館大会でのシングルマッチを熱望。

 これを受けた棚橋は「藤波さん、勝手ですけど、気持ちは受け取りました!ドラゴンストップをかけるなら今のうちですよ?(笑)僕は気が早いですからね!」と大喜び。
 バックステージでは「今回藤波さんのピンチを救うことが出来たということで、棚橋弘至のレスラー人生は成就したんじゃないかなと思うぐらいに、こんな名誉なことは無い。テレビの向こうでただただ憧れてた人から『棚橋、代わりに出てくれ』って。こんないい人生無いよね。頑張ってきて良かったです」と心底嬉しそうに語った。

 コメント中に棚橋に合流した藤波は「代々木までに間に合うかなあ」とシングルマッチへの不安をこぼすが、棚橋は「藤波さんのジュニア時代を超えるようなバッキバキの身体で帰ってきます!」と呼応。藤波も「じゃあ俺もバキバキにしようか(笑)」と笑顔で返し、2人は笑顔で握手を交わした。