23日、東京都・新木場1stRINGにて、新根室プロレス『サムソン宮本 三回忌メモリアル〜遺言〜』が開催された。

 新根室プロレスとは、北海道根室市で活動していた日本最東端のプロレス団体。
 社会人プロレスである当団体ではメンバーは様々な本業を持っており、地元のお祭りなどのイベントで無料興行を行うことを活動の中心とし、「無理しない、ケガしない、明日も仕事」をスローガンに各自が出来ることを最大限に発揮した試合を展開。プロレスを見たことが無いという人や、子どもたちにも楽しめるプロレスを提供していた。

 その新根室プロレスの知名度を全国区レベルまで高めたのは、アンドレザ・ジャイアントパンダという選手の存在だ。
 アンドレザ・ジャイアントパンダとは、中国出身のパンダプロレスラー。一般的なパンダに比べて異常に大きく育ってしまう奇病を発症したことで両親に捨てられ、さらに周りのパンダたちからイジメに遭ったことで対熊猫恐怖症となってしまっていたが、2017年に来日してプロレスラーデビューすると瞬く間にスター選手に。その3mの巨体を活かした豪快なファイトスタイルは大きな話題を呼び、現在も数多のリング・各種メディアに引っ張りだこで忙しい日々を送っている。

 新根室プロレスの代表であり、アンドレザのマネージャーも務めていたサムソン宮本さんは約2年の間アンドレザとともに数多のメディア出演や全国のプロレス会場へ帯同していたが、2017年に5年生存率33%、10年生存率0%の10万人に3人と言われる希少がん・悪性腫瘍(平滑筋肉腫)に冒されていることを発表。
 病に蝕まれていく身体で闘い続けたが、「今の自分は無理をしているし、病気をしているし、仕事も休まざるを得なくなっている」という新根室のスローガンと反しているジレンマに苦しみ、2019年一杯で新根室を解散するという苦渋の決断を下した。

 2019年10月13日には憧れの地であったという新木場1stRINGで初の東京大会を実施。
 これまでの活動を評価されて地元・根室市から感謝状を贈られるなどの栄誉を受ける中、サムソンさんは2020年9月11日に帰らぬ人となった。

 この日は、サムソンさんの3回忌メモリアルとして3年ぶりに東京で大会を実施。
 前回の新木場大会で「必ず戻ってきます!」と誓ったサムソンさんの遺志を継いだかつての仲間たちが「サムソン宮本を嘘つきにしたくない」という熱い気持ちで再集結し、新木場1stRINGに帰還を果たした。

 個性豊かな新根室プロレスの選手たちが明るく楽しいプロレスを展開する中、セミファイナルではアンドレザ・ジャイアントパンダvsスタン小林の因縁戦が実施。
 以前よりもさらに身体が大きくなったアンドレザは、3階からのヘッドバッドやジャンピング・ボディプレスなど巨体を生かしたパワーファイトを展開していくが、気合いで耐えきった小林がダイビング・ウエスタンラリアットを後頭部に叩き込み勝利。
 マイクを取った小林は、“とある方”が亡くなる前に『小林とパンダの試合をもう1回見たい』と言っていたことを明かし、故人に捧げる試合であったことを明かす。
 アンドレザに初勝利を果たした小林だったが、「ネクストは、あるッ!」と叫び再戦を誓った。

 メインイベントでは、サムソン宮本vsハルク豊満という3年前と全く同じカードの試合が行われることに。
 亡くなったはずのサムソンさんが登場して場内が驚きの声に満ちる中、3年前には病魔に蝕まれていて出せなかった往年の技の数々を東京のファンに見せるサムソンさんだったが、ハルク豊満にマスクを剥がれてしまい、その正体はTOMOYAであったことが判明。

 TOMOYAは、サムソン宮本さんの最後の弟子。小学生の頃に新根室プロレスで初めてプロレスに触れ、中学生時代、高校生時代と幾度も入門を直訴するも断られ続け、社会人となってから悲願の入門を果たした選手だ。
 試合中に流れたムービーでは「サムソンさん、僕はあなたに近づけた気がした。でも、あなたにはなれなかった。でも、それでいいんです。僕は僕。僕はTOMOYA。サムソンさん、見ていてください。俺、やります!」というTOMOYAの決意が語られる。
 その後、TOMOYAはサムソンさんの模倣でなく自分自身の闘い方でハルク豊満に立ち向かっていき、最後はサムソンさんから受け継いだサムソン・ドライバーからタイビング・クロスボディで激勝。

 試合後、サムソンさんが生前に収録していたビデオメッセージが放映され、「約束通り、私は新木場に戻ってきました。サムソン宮本は、死んではいません。皆さんの心の中にずっと、ずっと生き続けています。人生1度きり。やりたいことをやれ。カッコ悪くてもいい、馬鹿にされたっていい。いつか分かってくれる。Don’t give up!Do your best!TOMOYA、新根室プロレス、お前に任せたぞッ!」とTOMOYAを新根室プロレスの後継者に指名。
 大会タイトルである“遺言”の意味が明かされた形となり、今後の新根室プロレスを引っ張っていくことになったTOMOYAが「無理しない!ケガしない!明日も仕事!」のスローガンを叫んで大会を締めた。

 大会終了後、観客のお見送りをしていた新根室プロレスの本部長でサムソンさんの弟でもあるオッサンタイガーは、別れを惜しむ観衆へ「来年来ます!必ず来ます!」と約束。TOMOYAを中心とした新生・新根室プロレスが復活していくことに期待したい。