「音の人」になろうと思っている。画像や映像は世の中にあふれ数多く記録されているが、音となると途端に寂しくなる。風にそよぐ木々のざわめき、離陸するジェット機の爆音、いわゆる「都会の喧騒」、さわやかな朝に聞こえる小鳥のさえずり……。こうした「いかにも」な音から、発生してはすぐに忘れ去られていく身のまわりや自然にあるさまざまな音。音そのものも、記録し整理して残したり活用したりする価値があるのではないだろうか。いろいろなところに赴き、そうした音を集めてみたいと思っている。
 

 御託はさておき、今、録音の世界に革命が起きている。というか革命自体はずいぶん前に起きたのだが、ようやく普通の人にも革命の恩恵に浴する環境が整い始めた。手の届く価格で購入できる製品が登場し始めたからだ。録音で難しいのはマイクの扱いとボリュームの調整。マイクをどこに置くか、どうやって風や環境ノイズを避けるかは、音質に直接影響する。それと同じように「どれくらいの音量で録音するか」も極めて重要だ。ボリューム設定が小さすぎると、ノイズに負けてしまい聞くに堪えない音になってしまう。逆に大きすぎるといわゆる「音割れ」が生じてしまい、これまた耳をふさぎたくなるような破綻した音になってしまう。
 テレビや映画では、きれいな音が当たり前のように流れてくるが、陰では相当な苦労と工夫を伴って録音されている。ボリューム調整もその一つだ。演者の声は質も大きさもさまざま。常に適切な範囲に収まるよう、こまめな調整が不可欠だ。録音の革命は、このボリューム調整の場面で起きた。32bitフロート録音という技術だ。腕時計の秒針が時を刻む、ごくごく小さな音から、ダイナマイト爆発音のような大きな音まで、ボリューム調整なしで録音できる。音の大きさを記録する許容度を格段に広げ、事実上ボリューム調整を不要にした。録音時の細かいボリューム調整をせずとも、音割れがなくノイズの少ないきれいな音で常に録音できるようになったわけだ。
 32bit フロート録音で民主化の先鞭をつけたのは東京・神田に本社を構える音響機器メーカーZOOM。2019年9月に発売した業務用フィールドレコーダー「F6」がスタートだ。プロ用のマイクを接続するXLR端子を6つ備え、テレビや映画の収録にも十分耐える性能を持つ。それでいて発売当時は税込6万円台(現在は7万円台半ば)という、業務用としては驚くべき低価格で発売した。さらに同社は20年11月、第2弾としてピンマイク接続用で32gの小型・軽量モデル「F2」(2万円前後)「F2-BT」(2万5000円前後)を発売。32bit フロート録音対応レコーダーの普及に弾みをつけた。
 ZOOMの快進撃は続く。今年1月には、XLR端子2つの手のひらサイズでF6のミニ版とも言える業務用フィールドレコーダー「F3」(3万5000円前後)を発売。とどめは3月に発売した「F8n Pro」(14万8000円前後)。XLR端子8つを搭載し、映画やテレビの現場で定番機材ともいわれてきた「F8n」の32bitフロート録音対応版だ。関係者の話によると、前モデルとほぼ同じ外観のF8n Proだが、32bitフロート対応にするため中身は全く異なるという。今後、音声収録の機材はすべてF8n PROに置き換わっていくのではないだろうか。そのほか、昨年11月にはTEACも「TASCAM Portacapture X8」(ティアックストア価格6万5780円)で32bitフロート対応レコーダーに参入。市場も徐々ににぎやかになってきた。
 音の人にとって、この32bit フロート録音の民主化は本当に福音だ。音楽やセリフの録音であれば、ある程度の音量は予測できる。極端に大きな音や極端に小さな音を録る機会は少ない。しかし自然や環境の音を録るとなれば、音量の幅はとても大きい。昆虫の羽音を録っている最中に、突然近くで教会の鐘が鳴り響いても問題ない。収録の際にボリューム調整を誤っても、編集時にいくらでも調整できるからだ。新方式採用製品の人気と折からの半導体不足の影響が重なり、ZOOMの32bit フロート録音対応レコーダーはいずれも超品薄。販売店に聞いても、いつ入荷するか分からないというほど入手困難な状況が続いている。それでも何とか新製品のF8n Proの入手に成功した。これからしばらく音の人として、32bitフロート録音民主化の幸せを存分に味わうことにしたい。(BCN・道越一郎)