動画を強烈に意識したカメラがソニー、ニコン、キヤノンから相次いで発表された。まさに動画戦争初夏の陣。それぞれ異なるアプローチながら、スマートフォン(スマホ)に奪われたカメラ市場を奪還すべく、「三社三様」の苦悩が見て取れる。果たして勝算はあるのか。
 先鞭をつけたのはソニーだ。その名も「VLOGCAM ZV-E1」。4月21日に発売した。大ヒット商品、ZV-E10のセンサーをフルサイズ化。Vlogger向けカメラの最上位機種だ。画素数を1210万画素と控えめにすることで、常用ISO感度を80〜102400と超高感度を実現。最大で4K120p動画の撮影にも対応した。被写体の動きに応じて自動的に指向性を切り替えられるマイクを搭載するなど、幅広い動画撮影ニーズに応える。ハイアマチュアからプロを対象とする同社のビデオカメラ、FXシリーズとは異なり、主要ターゲットはあくまでもアマチュア。普通の人にも分かりやすいメニュー構成とし、音声読み上げ機能も備える。AIを駆使して構図を補正する機能を搭載し、使いやすさにも工夫を凝らした。しかし、ボディのみの税抜き価格は約30万円。APS-C版のZV-E10は、レンズキットでも10万円を切る価格の安さが最大の魅力だった。その3倍以上もする高価なカメラが、Vlogger向けカテゴリーで成立するのか。
 動画で日常を記録し発信するというVlogの特性を考えれば、ユーザーが機材に多額の投資を行うかは疑問だ。実際、ZV-E1の発売直後の売れ行きは鈍い。ゴールデンウィーク真っただ中の5月1日週で、ソニーのレンズ交換型カメラに限った販売台数ランキングは以下の通り。1位がα6400で31.2%、2位がVLOGCAM ZV-E10で28.1%、3位がα7 IVで22.3%、4位がα7Cで5.6%、5位がVLOGCAM ZV-E1で3.7%だった。興味深いのは税抜き平均単価が30万円を超えるα7 IVの方がはるかに売れていることだ。ちなみに、VLOGCAM ZV-E1より10万円以上高い、同社のプロ向けCinema Lineのビデオカメラ FX3の同週の販売台数も、ZV-E1を軽く上回っている。発売直後で製品供給が十分でない可能性もあり、まだ判断するには早すぎる。しかし、初速を見る限りでは、ZV-1、ZV-E10に続く3匹目のドジョウは、見つからないかもしれない。
 一方ニコンは5月10日21時、かねてから噂のあった「Z8」をYouTube動画で発表した。21年に発売したミラーレス一眼のフラグシップ「Z9」の兄弟モデルだ。Z9とほぼ同等の機能を備えながら、本体をコンパクトにした。実はニコン、一眼レフに初めて動画機能を搭載したメーカーでもある。08年に発売したD90だ。しかし、本格的な動画撮影一眼レフのお株は、同年にライバルのキヤノンが発売したEOS 5D MarkIIに奪われた。11年には動画用途を視野に入れた1インチセンサーのミラーレス一眼、Nikon 1もリリースしたが、18年に終売して撤退。ニコンにとって動画は鬼門だった。しかし、同18年にメインストリームの新マウント「Zマウント」を採用するミラーレス一眼、Zシリーズを発表。変化が出てきた。
 ニコンが動画に本腰を入れ始めたのはこのZマウントからだ。中でも20年発売のZ9はプロユースにも耐える動画性能を実現したといわれている。その流れをくむのがZ8。4571万画素のフルサイズセンサーを搭載。8.3K60pの動画撮影にも対応する。静止画も毎秒120コマの高速撮影が可能だ。これら主要スペックはZ9と同じ。それだけに価格も高い。同社ダイレクトショップで税抜き54万5000円。動画に限ればノウハウの蓄積が浅く、ライバルメーカーに何周も遅れている感があったニコン。その払しょくを狙うのがZ8、Z9のハイエンドモデルだ。
 ソニーやキヤノンと異なり、ニコンにはプロ向けビデオカメラのラインアップがない。そのため、フラグシップモデルは写真も動画も両方でプロ仕様の頂点を目指すモデルになってしまった。価格高騰の原因だ。写真も動画も最高の機能を求めるユーザーは確かに存在する。しかし大多数はどちらかがメイン、どちらかがサブという位置づけだろう。関係者は「動画を学ぶ学生の方にもぜひ使っていただきたい」と話すが、学生にボディだけでも60万円もするカメラでローンを強いるのは酷な話だ。もちろん社会人にとってもカメラにそれだけの投資をするとなると、大いに腰が引けてしまう。低価格一眼レフのラインアップを大幅に整理したニコン。一気に高価格モデルにシフトしたことで、売り上げは上向いている。しかし、高騰する価格にユーザーがどこまでついていけるのか、不安はぬぐえない。
 そしてキヤノンだ。Vlogger向けカテゴリーという点では沈黙を守っていた同社が、ついに動いた。5月11日に関係者向けイベントを開き、新コンセプトのVlogカメラ「Power Shot V10」を発表。レンズ一体型の新ラインアップ「Power Shot V」シリーズを立ち上げ、新たな動画用途に応えていくことを宣言した。筐体もコンパクトでデザインもユニーク。縦持ちで16対9の横画面動画の撮影ができるのも特徴だ。これまでのカメラの延長線上ではない、新カテゴリーを目指している。キヤノンオンラインショップ価格で税抜き5万4500円。コンパクトカメラの平均単価より8割程度高いが、受け入れられない価格ではないだろう。高額なカメラをリリースしたソニー、ニコンとは真逆のアプローチだ。同社は動画投稿者を対象に実施した調査で得た「動画に強いカメラではなく、Vlogのための機材がほしい」という声を受け、いつでも使える気軽な機材にニーズがあると判断。スマートフォン(スマホ)で動画撮影するユーザーの「画質と音質で物足りない」という声から、1インチセンサーや大口径マイクの採用で画質と音質を高め、スマホとの差別化を図る。
 発表会で、同社のカメラ事業を統括するイメージコミュニケーション事業本部 ICB事業統括部門長の浄見哲士 理事は「世界のVloggerが、この1年で4倍に増えているという調査データもある」と話し、製品リリースの背景を説明した。浄見理事は「控えめに言っても月産9000台程度は見込んでいる」と話す。しかしVlogブームは果たして本物なのか、カメラ市場を押しあげる原動力になるのか、スマホだけのブームではないのか、見極めは難しい。映像だけでなく音声も必須で、編集は手間と時間のかかる作業。写真に比べ動画は圧倒的に面倒だ。単にいいカメラの提供だけでは「普通の人」に動画撮影を定着させるのは難しい。同社は「もちろんクラウドを活用した編集環境の充実なども考えている」(浄見理事)とし、撮影後のいわゆるポスプロ(ポストプロダクション)分野からもユーザーをサポートしていく方針だ。そこで自動化も進めば新たな世界が拓けるかもしれない。
 低価格製品の大ヒットを背景に、大幅な単価上昇を狙った新製品を投入しVlog市場を固めようとするソニー。動画で先行する競合メーカーに必死に食らいつこうと、まずは機能の頂点を目指してもがくニコン。Vlogというキーワードでライバル、ソニーに出し抜かれた「借り」を、リーズナブルな新コンセプトカメラの投入で「倍返し」しようとするキヤノン。いずれもキーワードは動画だ。カメラ市場全体がコロナ禍の打撃からようやく立ち直りつつある今、反転攻勢をかける絶好のチャンス。果たしてそのチャンスをモノにできるのか。ほどなくユーザーが審判を下すだろう。(BCN・道越一郎)