あなたはこれまでに、1つの作品について半日以上かけて見たり、考えたりしたことがあるでしょうか?
美術館を訪れたとき、個々の作品にじっくり向き合う時間が取れなかったという経験をしたことはないでしょうか?

アーティストが作品を完成させるまでには、とても長い試行錯誤のプロセスと制作工程の積み重ねがあります。今回は、ベネッセアートサイト直島の「バックグラウンドツアー」の第一回として企画したコンテンツのうち、アーティストが作品を制作する過程を追体験し、じっくり1つの作品と向き合えるワークショップを中心にご紹介します。

ヤニス・クネリス"無題" 写真:渡邉修

この記事のポイント

  • 知識と体験を結びつける「バックグラウンドツアー」
  • 自ら集める、模擬作品製作ワークショップの材料
  • 作品に刺激を受けて料理長が考案した、特製御膳を楽しむ
  • 全身で感じるアート体験
  • 試行錯誤を楽しむ
  • 身近なものをよく観察し、新たな価値を生み出す

知識と体験を結びつける「バックグラウンドツアー」

ベネッセアートサイト直島は、瀬戸内の島々を舞台に、30年以上に渡ってアートを介した地域活動を続けてきました。その歴史の一端を振り返る「バックグラウンドツアー」の第1回は、1992年に完成した「ベネッセハウス ミュージアム」の建設プロセスのレクチャーから始まります。

クイズを交えた「ベネッセハウス ミュージアム」レクチャーの様子

その後、「ベネッセハウス ミュージアム」を代表する作品のツアーへ出発。ベネッセアートサイト直島で初めてのサイトスペシフィック・ワーク(*)となったヤニス・クネリス「無題」(1996年)などをガイドと一緒に鑑賞していくなかで、参加者からは素直な感想や質問が飛び出します。

*特定の場所に属する作品や置かれる場所の特性を生かした作品、その性質や方法、経過のこと

ヤニス・クネリス「無題」(1996年)を鑑賞する様子

自ら集める、模擬作品製作ワークショップの材料

ツアーは屋外へと続き、ベネッセアートサイト直島の魅力の一つである自然の景観を楽しみながら、歩いてすぐの屋外作品周辺や浜辺を散策します。クネリスの模擬作品製作ワークショップ用の材料として、「自分が作品に巻き込みたいもの」を探しながら歩きます。参加者は「これを入れたら綺麗かも」「のこぎりで切って断面を見せよう」など、完成形をイメージしながら材料を拾い集めました。ときにはルアーなど、形や色がおもしろい漂着物を見つけることもあります。ペットボトルやタイヤ、外国語が印刷されたパッケージなど、海岸には多くのゴミが流れ着くのを目の当たりにし、環境問題や世界とのつながりについて考える機会になりました。

浜辺でワークショップの素材を収集

作品に刺激を受けて料理長が考案した、特製御膳を楽しむ

昼食は、ミュージアムレストラン「一扇」がこの企画のために考案した特製御膳を、瀬戸内の自然やアートを眺めながら、お楽しみいただけます。ヤニス・クネリスの「無題」を鑑賞して材料や作り方を考えることで、いつもは何気なく口に運ぶ「巻き寿司」の具材や彩りが気になり始めるなど、物の見え方が違ってくるようです。

クネリス「無題」(1996)にちなんだ巻き寿司を中心にした特製御膳

全身で感じるアート体験

午後の模擬作品製作ワークショップでは、ヤニス・クネリスが「無題」を制作する様子を、当時の写真や記録で振り返るとともに、実際に手を動かして作品づくりを体験していきます。当時作られた数百個のパーツのうち、いくつかは倉庫に眠っています。そのうちの1つを実際に持ちあげた参加者からは、その見た目に反して、ずっしりと重たいことに驚きの声があがりました。「柔らかさを出したいので、断面がふんわりと見えるように折り方を工夫した」など、アーティストがこだわった点を知ることで、現代アートをより身近に感じることができます。

クネリス「無題」(1996)のパーツの重さを体感

試行錯誤を楽しむ

今回、参加者が使った鉛は実際の作品より薄いものですが、成型するにはかなりの力が必要です。思い通りの形をつくる難しさに悪戦苦闘しながらも、「どうすればもっと美しい円になる?」「断面を綺麗に見せるには、どの材料をどう組み合わせたらいいかな」など、何度もやり直しながら作品を製作しました。出来上がった個性あふれる作品を見比べる鑑賞会を実施するなかで「外からは見えないけれど、亡くなった父のネクタイを巻き込んだことが私にとっては意味深い」といったエピソードもありました。ワークショップ後には「クネリスの作品に対する見方が変わった!」という声が聞かれました。

身近なものをよく観察し、新たな価値を生み出す

1960年代後半のイタリアの先端的な美術運動「アルテ・ポーヴェラ(貧しい芸術)」を代表する作家であるクネリスは、自然石、石灰、鉄などを使った工業製品や、生き物、火といった素材を組み合わせて作品を制作します。そこには「産業」を代名詞とする20世紀という時代背景があります。今回のワークショップで取り上げた「無題」をよく観察すると、古い着物や湯呑など、日常生活そのものといえる材料が巻き込まれていることに気がつきます。安価に入手でき、消費され、やがて価値を失ったものを、クネリスは全く違った角度から扱うことで、新たな価値を与え、人との関係を結び直そうとしているのかもしれません。

ベネッセアートサイト直島では「在るものを活かし、無いものを創る」ことを重視しています。流行を追い、既存のものを壊し続けるだけでは、本当に大切な価値は失われてしまいます。

あなたの身近なものにも光を当ててよく観察し、様々な組み合わせを試してみることで、新しい価値を生み出していくことができるのではないでしょうか。

クネリス「無題」(1996)と同時に作られ、ストックとなったパーツの1例(右端)と、ワークショップ参加者の作品