薬物・アルコール依存症に苦しみ、精神科病院に48回入退院を繰り返し、刑務所に3年服役したものの、回復の道を歩み続けている男性がいる。

アルコール・薬物・ギャンブル依存症の回復支援をおこなう「リカバリハウスいちご」(大阪府大阪市)で生活支援員として働く渡邊洋次郎さん(45)だ。刑務所を出所して12年6カ月、薬物を使っていない。酒をやめてからは12年5カ月になる(2021年8月21日時点)。

2019年11月に壮絶な半生を綴った『下手くそやけどなんとか生きてるねん。――薬物・アルコール依存症からのリカバリー』(現代書館)を出版。大学などで体験談を語り、啓蒙活動もおこなっている。

「依存症者」「刑務所服役者」だから「怖い人」などと決めつけるのではなく、「その人自身を知ってほしい」と語る渡邊さん。彼のインタビュー記事(2021年3月14日公開)を再び掲載する。 (編集部・吉田緑)

●シンナー、非行、自傷行為も…子どものころから「生きづらさ」

大阪府生まれの渡邊さんは、子どものころから「生きづらさ」を抱えていたという。

小学生のころから勉強についていくことができず、運動も得意ではなかった。友人関係もうまくいかず、家出をしたこともある。まわりの関心を集めたい一心で、人がしない不潔なことをして「汚ねぇ!」などと言われることで得意になることもあった。

初めてシンナーを吸ったのは、中学2年のとき。一緒に遊んでいた不良仲間に強引に誘われたことがきっかけだ。悪さをしていると「すごいなぁ!」と人が集まってくるため、まわりに認めてもらえた気がした。シンナー以外の非行にも走るようになり、警察に逮捕されたこともあった。

中学を卒業するころ、自分の腕にタバコの火をつけて焼くなどの自傷行為を繰り返すようになった。同級生の進学や就職が決まっていく中、先のことが何も決まっておらず、自分だけが取り残されていく孤独感を埋めようとした。

卒業後もシンナーをやめられず、窃盗などの犯罪を繰り返す日々が続いた。少年鑑別所には4回入所し、少年院にも入った。父親は少年院送致される前にがんで亡くなった。

●自分を受け入れていないのは「自分」だった

少年院を退院してから約半年後。18歳になった渡邊さんは、周囲で吸っている人をみて、半年間やめていたシンナーに再び手を出すようになった。

ナンパした女性に「ホストが似合う」と言われたことをきっかけに水商売の仕事を開始。シンナーだけではなく、アルコールもやめられなくなった。お金もないため、万引きを繰り返す生活を送るようになった。

「誰か自分を止めてほしい」と藁にもすがる思いで駆け込んだのは、これまで「さんざんお世話になった」警察だった。

「アルコール依存症は病気やから、治療をしている病院へ行ってみるか」と提案され、精神科病院への入院を決意した。20歳のころのことだった。病院ではアルコール依存症と診断されたが、病院でうまくいかず、それから10年間で入退院を48回繰り返した。

30歳になってからは窃盗などの罪で3年間、刑務所に服役。ほかの受刑者とトラブルを起こしたため、独居房でひとり毎日を過ごしていた。

ある日、壁を見ていたところ、目の前に心臓が現れた。これまで命を粗末にしてきたのに、懸命に生きようとしている自分がいた。「誰も自分のことを分かってくれない、信じない、受け入れてくれない」と思ってきたが、自分を信じ、受け入れていないのは他の誰でもない自分自身であるということに気づいた。

気づきを得てから「変わろう」と決意した渡邊さんは、刑務所を出所後「リハビリハウスいちご」や自助グループにつながり、回復の道を歩み始めた。

最初はうまくいかないこともあった。しかし、徐々に仕事を任せられるようになり、「リハビリハウスいちご」のグループホームでの仕事などを約3年した後、正社員に。介護福祉士の資格も取得した。海外の自助グループに行ったこともある。

「3月21日には酒やシンナーをやめて12年になります」と穏やかな表情で話す渡邊さん。現在も依存症当事者として自助グループに通いながら、職員として同じ悩みを抱える人たちのサポートに取り組んでいる。

●学生の言葉「根っこにあるものは一緒」

渡邊さんは、ゲストスピーカーとして大学などで講演することもある。これまで、福祉、医療、教育、法学などを学ぶ学生たちに自らの体験を語ってきた。

その際に、学生から言われて嬉しかった言葉がある。

「『渡邊さんは幼い頃から、承認欲求がとても強かったんですね。根っこにあるものは(自分と)一緒なんだと感じました』と言われたんです。

その学生さんは承認欲求をSNSで『いいね!』をたくさん押してもらうことで満たしていたそうです。僕の場合は非行に走ったり、アルコール・薬物に依存することで承認欲求を満たそうとしていた。

方法は違うものの、得たかったものは同じなんだと共感を示してくれて嬉しかったです」

渡邊さんは「偏見は無知から生まれる」と考えている。その人自身を知らないのに、表にあらわれている行為だけを見て、「きっと、この人はこうなんだ」と決めつけたり、非難したりするところから偏見は生まれるという。

自らの体験談を話すのは、「意思が弱い人」「どうしようもない人」など、依存症者に向けられた偏見を払拭するためでもある。「依存症は誰でもなりうるもの」「誰もが回復する権利を持っていること」を知ってもらう機会になると考えているという。

●「依存症者」とひとくくりにせず、ひとりの「人」としてその人を知る

近年は、渡邊さんと同じような思いで、薬物やアルコール依存症の回復に向けて歩んでいる人たちが自らの経験をメディアで語ることも増えてきた。ただ、渡邊さんは「メディアに出てくる人たちは一部で、すべてではない」と指摘する。

「依存症者だからといって、誰もがメディアに出てくる人たちと同じ道をたどるわけではありません。さまざまな事情でメディアに出られない人もいますし、回復のあり方も多様です。みんなそれぞれ違います」

渡邊さんは「依存症者」「非行少年」「犯罪者」「刑務所服役者」「精神病院の患者」などとひとくくりに考えるのではなく、ひとりの「人」として、その人自身を知ってほしいと考えている。

「犯罪が起きれば、その人がやったことのみが取り上げられ、なぜそうなったのかという背景は無視されがちです。中には、犯罪をした人に対して『一生、刑務所に入ってろ』という人もいます。その人がやったことのみを見れば、そう思ってしまうかもしれません。

ただ、その人の行為がよいか悪いかをひとまず外して、なぜそのようなことをするようになったのかを考えることが必要だと思います。その人の根っこにあるものは、誰もが持っているものかもしれません」