近年、映画や演劇、美術など表現の関わる分野で、ハラスメントの告発や調査が相次いでいる。

今年3月、表現活動に関わる人に対するハラスメントについての調査結果をまとめた報告書「『表現の現場』ハラスメント白書2021」が公表されると、大きな反響を呼んだ。

調査をしたのは、アーティストや研究者らでつくる「表現の現場の調査団」。その報告書によると、指導的地位を利用した性的なハラスメントがジャンルは問わず広く見られ、中には性行為まで強要された人もいた。また、回答者のうち、フリーランスは5割を超え、労働問題に絡んだハラスメントも多かった。

なぜ、ハラスメントが起きてしまうのか。この調査にオブザーバーとして関わった労働弁護団の笠置裕亮弁護士は「一言でいうと、誰も何も守ってくれない状態があるからです。法律も、バックアップしてくれる窓口も少ないことが背景にあります」と指摘する。

労働者保護という視点から、表現の分野で起きるハラスメント問題を笠置弁護士に聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)

●フリーランスに法的な保護が行き届かない

——調査結果をみて、どう思いましたか?

ハラスメント被害の内容が、私が日頃、よく見ている民間企業でのハラスメントとは異なっていて、より深刻だと思いました。民間企業でのハラスメントは言葉によるものが多いのですが、表現の現場では身体的への暴力や、性的な被害が多いという特徴がありました。

たとえば、この調査でセクハラを受けたことがあると回答した人は1449人中1161人でしたが、そのうち、「身体を触られた」という人は503人、「望まない性行為をされた」という人は129人もいました。ちょっと考えられないぐらいの割合です。

——なぜこうしたハラスメントが起きるのでしょうか?

その原因はいくつかあると思っていますが、一言でいうと「誰も守ってくれないし、何も守ってくれない」ということです。そこに加害者がつけいっているわけです。

たとえば、演劇や映画の照明、舞台装置の方は、会社に雇用されているケースもありますが、多くの方がフリーランスという立場で、業務委託契約のもと働いています。俳優の方も同じです。

雇用の場合には、労働基準法、労働契約法などがありますので、そういったものに基づいて、労働者としていろいろな法的保護が受けられます。

ほかにも、セクハラだったら、男女雇用機会均等法によって雇用主に配慮が義務づけられていますし、パワハラも労働施策総合推進法——パワハラ防止法と言われてますけれども——で2020年からパワハラ防止に向けた措置義務が明記されています。

しかし、フリーランスの立場だと、そういうものが何もないわけです。たとえば、労働時間の規定や最低賃金などに関する規制もまったくないので、その方の働く条件は、仕事を発注する側次第、つまり相手との力関係で決まってしまいます。

制作に対して、コストをなかなかかけられないという中で、限られたパイをどう配分していこうかとなったときに、ハラスメントに耐えられるとか、あるいは、性的な要求にこたえられるとかで選別されてしまいます。

本来は労働法的な保護が必要な方に対して行き届いていなくて、仕事を依頼する側、あるいは指導的な立場にある側が、非常に強い権力を持つという構造があるのだと思います。

●「弁護士に相談」もハードルが高く…

——もしもハラスメントを受けたとしたら、どこに相談したらよいのでしょうか?

たとえば民間企業だったら、社内にパワハラやセクハラの相談窓口があることが多いです。特に大企業の場合は、こうした窓口を設けていないと、現行法に照らして違法になります。しかし、大きな組織に所属しているわけでもないフリーランスの方々には、基本的にそのような窓口は存在しません。

そうなると、自分で弁護士に相談するなどの方法になるのですが、自分で費用を支払って弁護士に依頼したり、裁判を起こしたりするハードルは間違いなく高いと思います。 仮に損害賠償金はとれたとしても、仕事先との関係性は当然壊れてしまいます。場合によっては現在の表現活動をやめる覚悟をしなければならないという理不尽な話になってしまいます。でも、多くの被害者の方はそれを望んでいるわけではないわけです。

——では、何が必要になるのでしょうか?

やはり、環境の調整が重要ですね。これは本来、労働組合の役割になりますので、表現の分野の方たちにも労働組合ができると非常に良いのでは、と思っています。

それから、被害を受けてしまったときに、バックアップしてもらえる組織も、最近できつつあります。とはいえ、がんばって声を上げても逆にバッシングを受ける風潮があるとも聞いています。

——やはり、業界特有の空気みたいなものがあるのでしょうか?

表現のプロフェッショナルとして、「先輩がこれだけ耐えてきたんだから、後輩もこれぐらい耐えないと良い作品はつくれない」という徒弟制度に似た連鎖があると聞きます。上の立場の人が、良い作品を求めるあまり、下にささいなミスすら許さないということもあるようです。

——それがゆきすぎて、ハラスメントにつながるわけですね。昔はそれでも「表現のプロだったら耐えろ」と言われてきた、と。

昔であれば、それでも人が入ってきたんでしょうけれど、今はもう、そういう時代ではありません。長い目で見れば、業界全体の先細りにつながっていく側面があると思います。

——コロナ禍でフリーランスで働く人たちに影響はありましたか?

コロナ禍の以前は、労働相談のホットラインをやっても、フリーランサーの立場の方からの相談は非常に少なかったのですが、コロナ禍になってからは、「業務委託契約ですが、相談しても大丈夫ですか。仕事を切られて困ってます」という相談が頻繁に入るようになりました。法的保護を受けられないという問題が浮き彫りになっています。

あるいは、これまで労働者として雇用されていたのだけれども、「年収を200万円下げるか、業務委託に転換するか、どっちか選べ」と迫られていますという、業務委託への転換を強要されているという相談もありました。

いま、日本では労働者という立場の方がどんどん減ってしまっています。コロナ禍による解雇は2021年11月時点で11万人ということになっていますけど、その裏には、何倍も多くの方々が肩叩きにあって、自分から職場を辞めたという形で退職を強要されています。

そればかりか、労働法によって保護されている労働者ではなく、法的保護のないフリーランスをいかようにも自分の思い通りに働かせられるという傾向が強くなっていると思っています。

文化芸術分野でも同じで、実質的には労働者であるのに、脱法的にフリーランスとして働かされている方は少なくありません。

●契約の書面化が急務

——ハラスメントの背景にある法整備の遅れはどうしたらよいのでしょうか?

まず、業務委託契約とされている方でも、実際には労働者のように、日常的に指示を受けて、裁量がないまま表現活動に携わっているケースが少なくないです。そうした違法事例をきちんと摘発していくことが大事です。

人によっては、業務委託契約のほうが気軽に働けるという方もいるかもしれませんが、今回のようなコロナ禍で突然クビを切られれば、社会保険や雇用保険にも入っていないため失業保険の受給もできず、セーフティーネットの恩恵を受けられないという現実に直面せざるをえません。

また、多くの業務委託契約の方が、口約束の契約で、きちんと契約書を交わしていないという問題もあります。どのような場合に契約解除ができるのか、報酬はいくらなのか、いつ支払われるのかといった、業務委託の基本的な条件すら明確ではないのです。

私が経験した事例では、とある雑誌で写真撮影や記事を書いたりするフリーランスの方は、すべて電話のやりとりで、1ページいくらと伝えられていました。しかし、実際には「この写真が気に入らない」などの理由で、支払の段階で業務委託料を突然大幅に減額させられたそうです。契約書で条件をきちんと明記していなかったことが、紛争の一因として挙げられると思います。

この点については議論が進んでいて、文化庁で「適正な契約関係構築に向けた検討会議」がもたれています。そこでは、「信頼関係からくる口頭契約の慣行」や「交渉・協議すらできない雰囲気」といった分野特有の理由が指摘されています。

また、契約の多様性や、構造的な特性もあり、契約の書面化が進まないとされていますが、だからこそ、きちんとした契約ルールを整備する必要があると思っています。

ハラスメントも、ルールがきちんと整備されていないような環境で起きてしまいます。悪循環を止めるためにも、法的な整備が急務です。

【笠置裕亮弁護士の略歴】
2005年に私立開成高校卒、2010年に東京大学法学部卒。2012年に東京大学法科大学院既修者コース卒、同年に司法試験合格。2013年に弁護士登録(66期)、横浜法律事務所に入所。労働問題を主な分野として活動。日本労働弁護団事務局次長、神奈川過労死対策弁護団事務局次長などを務める。労働問題に関する論文著作も多数。