夫の一族からの長年にわたる“嫁いじめ”が判決で認定された裁判員裁判が2021年にあった。 息子(13=当時)と娘(10=同)を殺害したとして殺人罪に問われていたのは、タイ国籍の実母、フルカワ・ルディーポン被告人(41=同)。裁判員裁判は昨年6月、東京地裁立川支部で開かれていた。

裁判では異国の地で奮闘していた一人の女性が、夫やその家族に疎まれ、精神的に追い詰められていったことが明かされていった。(ライター・高橋ユキ)

●二児の遺体そばにカーネーションの花束

事件が起こったのは2020年3月23日。この日の朝、フルカワ被告人は東京西部の自宅マンション内において、包丁を持ち、実の子である妹を刺殺し、同じように兄を刺して殺害した。のちに自ら、近くの交番に出頭。警察官が現場に急行したことで事件が発覚した。

マンション居室内に横たわる兄の遺体の足元には黄色の、妹の遺体右側にはピンク色のカーネーションの花束がそれぞれ置かれていた。

逮捕当時、フルカワ被告人は警察の調べに「子どもを取られるくらいなら殺してしまおうと思った」と語っていたという。親権をめぐるトラブルをうかがわせるが、公判ではトラブルに至るまでの、夫とその家族による壮絶ないじめが背景にあることがわかった。

そもそも初公判の時点で、フルカワ被告人が犯行当時、心神耗弱状態にあったことは検察・弁護側ともに争いはなく、量刑を考える上での前提事項となっていた。

家族で宝石店を営む夫との結婚のために来日して14年目だったフルカワ被告人は、義母や夫との関係により、事件の数年前から複雑性PTSDを発症。さらに事件直前、夫やその家族から離婚を迫られ急性ストレス障害を発症したとされている。

のちに言い渡された判決で河村俊哉裁判長はさらに踏み込み、夫とその家族によるいじめを認定した。

「見知らぬ外国での暮らし、孤立無援のなか、夫の一族から生活や子育てにいたるまで10年以上叱責を受け、複雑性心的外傷ストレス障害を発症していた。そのなかで、突然離婚と単身での帰国を迫られ、子どもを残して帰国せざるを得ない状況に追い込まれ、子どもらに会えなくなると急性ストレス障害を発症した」

●宝石販売が「ファミリー・ビジネス」だった

証拠によれば、フルカワ被告はタイに住んでいた頃、宝石展示会で出会った夫と結婚し来日。長男と長女を出産した。夫の両親は宝石販売会社を営んでおり、義母が「ファミリー・ビジネス」と調書で繰り返していたように、会社には家族全員が関わっていた。

長男である夫も“二代目”として切り盛りし、義弟とその妻も、別の仕事に就くことはなく両親の会社を支え、そしてフルカワ被告も、東京の店舗で接客や事務などを行っていた。

ふたりの子どもたちも、そんな家族を見て育ち、とくに兄は“三代目”として大事に育てられていた。中学生ながら、その自覚も芽生えていたようだ。

学校で教師に「お客様への“お茶出し係”はもう妹に譲って、いまはおじいちゃんの作業中に落ちたルビーを拾ったりしている」「もうおばあちゃんのお客さんを譲ってもらった」など語り、すでにファミリー・ビジネスに加わっている様子を見せていた。

また、夫妻と子らはもともと、現場となったマンションに4人暮らしをしていたが、宝石店の埼玉県への出店が決まったことから、事件の数年前から夫は単身赴任となる。しかし、母親としてなかなか子に関われなかったようだ。

子らは学校が終われば義両親の営む宝石店に“帰宅”し、そこで時間を過ごしていたという。

●「人の役に立たない。タイに帰ってもらう」

フルカワ被告人は結婚後、日本語学校へ半年ほど通ったが、妊娠したこと、また宝石店の業務が忙しくなって通学を止めた。そのため家族の中でひとりだけ日本語での意思疎通が十分にはできない状況にあった。公判でもタイ語の法廷通訳が入り、日本語の質問をタイ語で被告人に伝え、被告人のタイ語での回答を、日本語に訳していた。

夫とその家族から見れば、フルカワ被告人は、ファミリー・ビジネスの一員としても、また“嫁”としても不適格だったと、彼らは口々に証言した。

「長男は単身赴任後、自宅に戻る様子はなく、被告のことは聞きたくないという様子だった。『でしゃばる』と愚痴っており、1〜2年後には離婚話をしはじめ、こう言っていた。 『あいつは人のいうことを聞かない。向上しないし人の役に立たない。タイに帰ってもらう』

離婚という意味だと思った。配偶者には一緒に会社を盛り立ててくれる人を期待しており、被告にはそれを望めないと思っていた様子だった。私も盛り立てて欲しいと思っていたが、被告には期待できないと思っていた」(義母の調書)

「被告人はワンマンで、トラブルが続き、夏ごろから苦情やキャンセルが続いて売り上げが落ち込みました。社員ともトラブルを起こし信用を落とした。自分を経営者と豪語し、会社を貶めた。

タイに多い貧血の持病を隠して結婚した。子どもも2人この病気になった。嘘を平気でつき、言い逃れをする。罪悪感はなく、人を陥れる性格。色々なエピソードがある。朝食作りは被告人の役割だったが、時々おにぎりをコンビニで買っていた。甥っ子に引っ掻き傷をつくった……。

周りのものを不幸に陥れる被告人は正真正銘の悪魔です。腹いせで弱いものに当たるあなたに、子どもがついていくわけがない。タイに行ってもついていく人がいないんだよ。離婚後に子どもが日本に残る決断をした理由は、誰が自分を苦しめる人か、よくわかっていたんだ。最低最悪なことをした……」(夫の意見陳述)

さらに義妹は「夫(義弟)と被告人との不貞」を証言し、義母は「夫(義父)と被告人との不貞」を疑っていたという。こうした話が事実かどうかはわからないままだが、“ファミリー”のメンバーらは、フルカワ被告人を、嫁としても従業員としても不適格とみなし、離婚と、タイに1人で帰国することを求めていた。

この離婚の経緯について夫は証人尋問で「円満離婚だと思っていた。こんな事件になると思っていなかった。私も子供も家族の未来のために離婚するということで」と、お互いに納得した上での離婚や帰国だったことを強調。

また夫は単身赴任後、自宅マンションにほとんど戻らなかったというがその理由も「自分の悪態をあたかも正論のように愚痴ってくる、肯定できるわけがないのでその都度言い合いになるので」と、性格的に問題のある被告人と顔を合わせることに苦痛を感じていたからだと語った。

●家族は、被告人を「土下座させていた」

一方で、“ファミリー”の外部の人間らは、全く異なる証言をした。宝石店に派遣されていた社員らは次のように調書に語っている。

「起こるべきして起こった事件。被告人の夫には良い印象がなく、態度が横柄。義妹も同様で、ルディーポンさんが挨拶しても返事もしないし、指図をし、雑用ばかりさせていた。専務(義母)は毎日社員に説教していたが特にルディーポンに集中し、土下座もさせていた」

「長男と長女は義母を○○○ママ(○○○は義母の名前)と呼んでいた」

さらに派遣会社の社長は、2年間の間に61人もの従業員を宝石店に派遣したことを明かした。「1回派遣された社員が、もうあの宝石店に行きたくないと辞退するから」だったという。辞退の理由は、義実家によるフルカワ被告人への態度だった。

「毎日仕事終わりに専務(義母)から説教があると聞いている。『ルディーポンの土下座を見るのが辛い』といって辞退する社員も多かった。殺害された長男も、専務と同じような口調でルディーポンに話していた。社員同士の話は禁止で、その理由は派閥をつくる、というものだった」

土下座だけでなく、義母はフルカワ被告人を殴っていたことも認めていた。とはいえ、あくまでも被告人に非があったためだと証言する。

「ルディーポンには問題が多く見られ、あまりにひどい態度のときは、ついカッとなり、叩くこともあった。特に最近は問題行動が多く、叩くことが多かった」(義母の調書)

●事件2日前、義両親から激しく問い詰められた

一方的に離婚と帰国を求められていた当のフルカワ被告人は、その両方を望んではいなかった。事件2日前には、義両親から激しく問い詰められ、その様子を撮影されていた。被告が事件を起こした日は、フルカワ被告人がサインした離婚届を家族に渡す予定になっていた。被告人質問では、彼女なりに家族と子どもを愛していたと、涙ながらに語っている。

「事件の2日前から家族で離婚の話になり、離婚届をもらったらすぐに署名するようにと言われ、署名したら1か月以内に帰国するようにと言われた。もともと離婚したくなかったのでそれを聞いてびっくりして、頭が真っ白になった。

私は子どもと離れ離れになりたくなかった。また、以前に義母から『これから子どもたちはタイに行かせない、もしあなたの両親が孫に会いたければそっちが日本に来るように』と言われていた。そういうこともあって、タイに帰ったらもう二度と子どもに会えないと思った」

起訴事実を全て認めているフルカワ被告人に対し、夫は論告求刑において被害者参加人として「反省しておらず、モノや金に強い執着がある。自分の保身ばかり考えている」と意見し最後に「死刑」を求めた。

●「死ね、出て行け」「Sorry」

証拠からは、“ファミリー”らが、タイから日本に嫁いだフルカワ被告人に対して、人種差別的な感情を抱いていた様子もうかがえた。

夫とフルカワ被告人との間で交わされたメールの内容にも、裁判所が認定した“長年の叱責”の片鱗があった。

夫「死ね、出ていけ」 被告人「Sorry」

離婚の話し合いのためフルカワ被告人が赴いた際も、夫は義母に「勝手にタイ人来さすなよ」「ウザイ、迷惑。帰らせろ」と、メールしていたという。

論告で検察官は「大人の事情を子どもに向けるのは筋違い。まさしく子どもの命より自分の気持ちを優先した身勝手な犯行」と懲役20年を求刑したが、判決では懲役7年が言い渡された。

言語が不自由な中で孤立し、婚家の叱責を受け続け複雑性PTSDを発症していた被告人は「精神的視野狭窄のなかで突如感情が爆発し犯行に及んだ」と判決で認定されている。

【プロフィール】高橋ユキ(ライター):1974年生まれ。プログラマーを経て、ライターに。中でも裁判傍聴が専門。2005年から傍聴仲間と「霞っ子クラブ」を結成(現在は解散)。主な著書に「木嶋佳苗 危険な愛の奥義」(徳間書店)「つけびの村 噂が5人を殺したのか?」(晶文社)など。好きな食べ物は氷。