安倍晋三元首相の銃撃事件で、殺人の疑いで送致された被疑者男性の鑑定留置が7月25日に始まった。

報道によると、男性は事件発生の1年以上前から銃や火薬を製造するなど犯行を計画していたとみられる一方、動機について、安倍元首相と世界平和統一家庭連合(旧統一教会)が関係していると考え、殺害を決意したなどと供述しているとされる。

奈良地検は11月29日まで約4カ月間、鑑定留置で精神鑑定などをおこない、刑事責任能力の有無を調べた上で、起訴するか否かを判断するものとみられる。

仮に起訴されれば、検察側の求刑や有罪だった場合の量刑は注目を集めるだろう。被害者が1人でも、死刑判決になることはあり得るのだろうか。神尾尊礼弁護士に聞いた。

●「現段階で量刑を考えるのは非常に難しい」

まずは、安倍元首相のご冥福をお祈りいたします。

量刑についてですが、まだ鑑定留置も終わっておらず起訴されるか否かも不明な現段階で考えるのは非常に困難な作業です。

「疑わしきは被告人の利益に」の原則からすれば、不起訴・無罪から出発すべきでしょうが、「仮に起訴された場合」として可能な限り推測をしてみます。

●責任能力を判断する指標「7つの着眼点」

重大事件といっても内容は様々で、死刑を求刑されてそのまま死刑判決になった事案もあれば、無期懲役になった事案も担当してきました。心神喪失になる場合も完全責任能力が認められた場合もあります。

そのほか、日弁連の中で大量の事案をみてきましたが、「殺人事件は動機によってある程度の量刑が決まってくるが、細部は証拠をみないと分からない」、「責任能力は報道ベースではまったく当てにならない」というのはいえると思います。

特に責任能力に関しては、(1)病歴・入通院歴までは詳細に報道されない、(2)病歴がなかったとしても精神障害の影響が大きい場合がある、(3)精神科医がプロとして問診をする中で精神障害を診断していくものであり、報道(=捜査機関の見立て)とズレが生じることも多いなどの理由から、報道から判断するのは非常に難しいです。

責任能力は一般に、「7つの着眼点」と呼ばれる要素を考慮して判断されてきました。見直す動きも出てきていますが、多くの事件で特に重視されてきたのは、「動機が理解できるか(動機の了解可能性)」と「その人の普段の性格からみて犯行が異質なものといえるか(元来の人格との異質性)」の2点でした。

本件では、宗教団体との関係そのものが真実ではない(妄想的である)可能性もありますし、関係が真実であったとしても(教祖でもない)要人の殺害に至るというのは目的と手段に飛躍があり妄想が介在している可能性があります。

このように、動機がよく分からなかったり、一見すると理解はできそうだがよく考えると分からなかったりする場合、「責任能力はない」という方向で検討されることになります。

「仮に起訴された場合」ですので、起訴前鑑定では完全責任能力か心神耗弱となっているはずです。起訴後にもう一度鑑定をすることになるはずで(「50条鑑定」といいます)、上記のように動機に焦点を置きながら、起訴前鑑定とは別の専門家が鑑定することになります。

起訴前の鑑定と50条鑑定では結果がかなり違うことも多いことから、心神喪失と鑑定されることも場合によってはあり得るということになります。

●被害者1名で死刑となった裁判例もあるが…

他方、仮に50条鑑定の結果を踏まえてもなお完全責任能力があったとして有罪となった場合、死刑はあり得るのかを考えてみます(なお、心神耗弱であれば「必要的減軽(必ず刑を減軽する)」となりますので、死刑にはならないです)。

死刑の基準については「永山基準」というのがあり、犯行動機や態様といった事件そのものに関する事情、主として被害者の数を中心に結果に関する事情、前科や年齢といった被告人の事情、社会的影響といった事件とは少し離れた事情、を総合的に考慮して決めてきました。

特に被害者が1名の場合は死刑を回避することが多く、死刑を科すのは特別な事情がある場合に限られてきました。

この基準自体の妥当性も議論があるところですが、死刑という究極的な刑罰を科す以上、前例を参考にするのは、平等原則からも必要なことだろうと思います。

さて、永山基準において被害者1名で死刑となる場合ですが、(1)殺人等重大事件の前科がある場合(東京地裁平成23年3月15日判決)、(2)動機が身勝手で犯行態様が極めて残虐な場合(岡山地裁平成25年2月14日判決)などに分類でき、被告人そのものや犯行そのものといった、犯行それ自体の事情が量刑に強く影響してきました。

本件では、(繰り返しますが完全責任能力があることを前提とすれば)銃殺であって犯行態様は相当悪質で、計画性もあることから軽い罪にはならないでしょうが、極めて残虐とまではいえず、通行人1名の射殺と考えたとき死刑には至らないことが多いと思います。

その上で、社会的影響や被害者の属性といった、犯行それ自体の事情からは少し離れた事情をどれほど加味できるかが焦点となりそうです。人の命の重さはみな同じですし、社会的影響も犯行からは少し離れた事情ですので、そこまで大きく加味されないのが今までの傾向でした。

このように、今までの感覚からすると死刑には至らないと考えられそうですが、元首相の銃殺というのは前代未聞の事情といえます。仮に有罪となった場合、裁判員を含めた裁判体がどこまで重視するか注目されることになるでしょう。

【取材協力弁護士】
神尾 尊礼(かみお・たかひろ)弁護士
東京大学法学部・法科大学院卒。2007年弁護士登録。埼玉弁護士会。刑事事件から家事事件、一般民事事件や企業法務まで幅広く担当し、「何かあったら何でもとりあえず相談できる」弁護士を目指している。
事務所名:弁護士法人ルミナス法律事務所
事務所URL:https://www.sainomachi-lo.com