経営する飲食店が新型コロナウイルス対策に伴う時短営業に応じていないのに、東京都の協力金をだまし取ったなどとして、詐欺などの罪に問われたベトナム人男性(会社役員)に対して、東京地裁(榊原敬裁判官)は、詐欺罪について無罪とする判決を言い渡した。

男性の勾留期間は300日以上に及んだ。保釈許可がおりなかったためだ。弁護人をつとめた趙誠峰弁護士は「外国人に対する差別といわざるを得ない」と憤る。なぜ、保釈が認められなかったのか、趙弁護士に聞いた。

●信頼し、申請手続きを依頼した男性は「税理士」ではなかった

詐欺罪について無罪となったのは、ベトナム国籍のグエン・ズイ・ドンさん(39)。

判決文によると、2005年に来日したグエンさんは、都内の大学を卒業後、ラーメン店の経営などを経て、2015年に会社を設立した。ベトナムから留学生を募集して、日本の学校に紹介する事業も始めた。

日本語で会話はできるものの、読み書きについてはおぼつかないところもあるという。

大学を卒業して間もないころ、グエンさんは、「税理士事務所で『監査部門主査』として働いている」という男性Aさんと知り合った。

Aさんを「税理士」だと思ったグエンさんは、経営する店舗の確定申告やさまざまな申請手続きなどを有償で依頼するようになった。

問題となった飲食店がオープンしたのは、2017年のことだ。新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、2020年に緊急事態宣言が出たあとは、しばらく営業を自粛していた。

そんなとき、グエンさんは、ニュースで、国の持続化給付金や東京都の感染防止協力金などの制度があることを知った。しかし、受給要件などがわからなかったため、Aさんに相談したところ、申請手続きができると言われて、有償で依頼した。

ところが、グエンさんの経営する飲食店は、対象期間中に決められた時間の時短営業をしていないなど、東京都の協力金の受給要件を満たしていなかった。

グエンさんは2021年3月、ベトナム国籍の2人の従業員に在留資格とは違う仕事をさせたとして、入管法違反の疑いで逮捕された。そして、保釈されたあとの6月8日、東京都の協力金をだまし取ったなどとして、詐欺の疑いで逮捕された。

趙弁護士によると、グエンさんは入管法違反については認めていたものの、詐欺の疑いで逮捕されたことに仰天していたという。まさか受給要件を満たしていないとは思ってもみなかったためだ。

衝撃を受けたのは、それだけではない。税理士資格を持っているのは「Aさんの父親」であり、Aさん自身に「税理士」の資格がないこともわかった。

さらに、グエンさんが支払った報酬は、Aさんが税理士事務所に入れていないことも判明した。Aさんはギャンブルなどで多額の借金があり、毎月の返済に追われていたという。

●保釈が却下され続け、300日以上勾留される

信頼していたAさんは「税理士」ではなかった――。そんな衝撃の事実に驚いたグエンさんに、さらに過酷な現実が待ち受けていた。

入管法違反事件については、早い段階で保釈が認められたにもかかわらず、詐欺については何度請求しても保釈が認められないのだ。

結果的に、保釈が認められたのは、今年4月28日の夜10時ごろ。グエンさんは、一人で拘置所から電車を乗り継ぎ、家族が待つ自宅に戻った。2021年6月9日からの勾留期間は300日以上。収入は途絶え、家族の生活にも影響が及んだ。

事件を担当したのは、趙弁護士のほか、服部啓一郎弁護士、須﨑友里弁護士の3人。趙弁護士は「今回は否認事件でもあり、本来であれば、こういう事件こそ起訴直後に保釈されなければならない」という。

では、なぜ長期間、保釈が認められなかったのか。保釈却下決定書には「罪証隠滅のおそれ」もあることが書かれていたが、趙弁護士は「裁判官は『外国人だから、保釈を認めない』と言っているようにしか思えなかった」と話す。

「グエンさんの在留期限は今年7月までだったので、保釈請求をした時点では、適法に日本に在留する資格がありました。

ところが、裁判官は、弁護人との面接で、在留資格の更新の可能性や、在留期限が迫っているために逃亡のおそれがあることなどをしきりに気にしていたんです。

たしかに、入管法違反事件もあるため、在留期限が更新されない可能性は考えられます。しかし、そもそも在留資格がなかったとしても、保釈は認めるべきです。在留期限が更新されない可能性があるからといって、『勾留してもよい』という理屈はどこにもありません。外国人差別そのものではないかとも訴えました」

裁判官には、弁護人がグエンさんのパスポートを預かることなども提案したが、まったく聞き入れられず、保釈請求は却下され続けた。

状況が変わったのは、今年4月のことだ。前任の裁判官が異動になり、新しく赴任したのが今回の無罪判決を言い渡した榊原裁判官だった。

3月に予定されていた被告人質問を4月27日におこない、その直後に保釈請求して、一転、保釈が認められた。

●「外国人」であるがゆえの不利益

7月5日の判決で、グエンさんは入管法違反事件について、懲役6カ月・執行猶予2年、罰金30万円の有罪判決が言い渡された。しかし、詐欺については無罪となり、検察側が控訴しなかったため、判決は7月20日に確定した。

今後、グエンさんは、日本に残るために入管と交渉をするとともに、刑事補償を求める手続きを進めているところだ。刑事補償の補償額は、身体拘束された日に応じて1日最大1万2500円が支給されることになっている。

ところが、この刑事補償の額についても、趙弁護士は「外国人は削られる傾向にある」と問題視する。

「刑事補償は、国が間違って人の身体を拘束し続けたことに対する補償ですが、外国人は不利な立場に置かれてしまうことがあります。実際に、同じ目にあったとしても、日本人と外国人との間に金額の差があると感じています。

たとえば、東南アジアから覚醒剤を持たされて来日し、密輸の疑いで逮捕・起訴されたものの、数年間勾留され、無罪になった人について、『東南アジアは物価が安いから』『日本では1万2500円の収入は見込めないから』などの理由で、満額を出さない裁判官も少なくありませんでした。また、事件によっては1日8000円しか認めないというケースもありました。

グエンさんのように日本に長く住んでいる人の場合、基本的には日本人と変わらない額になると思いますが、やはり、マイナスにみられる可能性はあります」

これまで、数多くの外国人事件を担当してきた趙弁護士は、保釈に限らず、外国人に対する日本の刑事司法手続きの厳しさや不合理を目の当たりにしてきた。不正確な通訳による裁判がおこなわれたケースもあれば、中には、無罪判決が言い渡された後も、控訴審の審理が始まる前に勾留されてしまう外国人もいるという。

海外からも、日本の刑事司法制度に疑問を抱く声はあがっている。カルロス・ゴーン氏の事件では、日本の「人質司法」が注目され、批判的に報じる海外メディアもみられた。

趙弁護士は「『間違い』も含めて、誰でも刑事事件に巻き込まれる可能性はありうる。外国人であるがゆえに不当な扱いを受けることがまかり通っているとすれば、海外から日本に行きたいと思う人も少なくなってしまうのではないか」と感じていると話す。

【プロフィール】
趙誠峰弁護士
2008年弁護士登録。第二東京弁護士会。Kollectアーツ法律事務所。裁判員裁判や否認事件を中心に、刑事弁護を専門的に扱う。「東京法廷技術アカデミー」でインストラクターを務めるほか、早稲田大学大学院法務研究科で実務家教員として教鞭をとる。