国税庁が8月1日に出した所得税の法令解釈通達の改正案をめぐり、インターネット上でちょっとした混乱が起きている。

改正案では2022年以後について、「副業収入が300万円を超えない場合は、事業所得ではなく雑所得と取り扱う」と範囲を明確にしたからだ。雑所得は事業所得のように他の所得との損益通算や特別控除を受けることができない。このため「副業を事業所得にして限りなくグレーな節税策」をしてきた会社員にとっては大きな影響が出ることになる。

国税庁が8月末まで募集しているパブリックコメントには8月半ば時点で1000件を超える意見が寄せられている。国が副業を推進する中でなぜ国税庁は副業推進に「逆行」するともとれる案を出したのか。前・青山学院大学長で、租税法の第一人者である三木義一氏に聞きながら考えた。(ライター・国分瑠衣子)

● 副業を赤字にして給与所得と損益通算して節税する「指南サイト」

会社員の副業はコロナ禍のリモートワーク浸透で一気に進んだ。政府が2017年に出した「働き方改革実行計画」でも副業推進が掲げられ、国も新しい働き方として副業を推進している。

こうした背景を踏まえ所得税について見ていきたい。所得税法では所得を10種類に分けている。給与所得、事業所得、不動産所得、配当所得、譲渡所得、一時所得、雑所得などだ。

会社員が副業で得た所得は一般的には雑所得になる。今回国税庁が出した通達改正案は「会社員で副業をしている人の副業収入が300万円を超えない場合は事業所得ではなく雑所得にします」ということなので、表面上は何も問題がないように思える。

しかし、インターネット上には副業収入を事業所得にして節税する「指南サイト」が数多くある。なぜ事業所得にするのか。事業所得は業績が赤字になった場合、給与所得から赤字分を引くことが認められているからだ。仕組みはこうだ。「所得=収入−経費」だから副業にかかる経費をたくさん使い、副業収入から経費を引き、副業を赤字計上する。こうした上で会社の給与所得から副業分の赤字を引く「損益通算」をして、節税するというわけだ。

一方で、雑所得は損益通算できない。さらに所得を税務署に申告する確定申告には最大65万円の特別控除を受けることができる「青色申告」と、この特典がない「白色申告」の2つがある。事業所得は青色申告ができるが、雑所得は白色申告しかできず節税効果が小さい。

● 国税庁「損益通算に頭を痛めていませんとまでは言えません・・・」

国税庁は今回の通知をどういう意図で出したのだろうか。通知には「副業に係る所得について適正申告をしてもらう環境づくりに努めているところ、所得区分の判定が難しいといった課題があった」と書かれている。これだけではよく分からないので、国税庁の担当者に聞いてみた。

「国税庁は副業をしている個人がどんな活動をしているかを総合的に勘案して、事業所得か雑所得にあたるのかを考えています。今回もこの考え方を変えたわけではなく『雑所得は雑所得』ということを明確にしただけです」。国税庁個人課税課の担当者はこう説明する。日本は申告納税制度なので、納税者が自分の副業は事業所得なのか、雑所得にあたるかを考えて税額を確定させて申告する。

なぜ300万円で線引きしたのだろうか。2020年の税制改正で、雑所得となる収入金額が300万円を超える場合は請求書や領収書などの「現金預金取引等関係書類」の保存が義務化された。今回の改正案は税制改正のこのラインに習ったという。

改正案を出したのはやはり「損益通算の赤字申告」が多いからなのだろうか。担当者に聞いたところ「今回のこの通達をもって積極的に(損益通算の赤字申告を)潰してやろうとかそんなことは考えていませんが、(損益通算に)頭を痛めていませんとまでは言えません・・」という返事だった。やはり損益通算の赤字申告は一定数あるようだ。

● 「反証」にあたれば300万円以下でも事業所得になる

ここで気になるのが、副業でいずれ独立したいと考える会社員が、収入300万円に届かなかったり、コロナ禍で収入が急減したりなど、頑張っているのにどうしても収入が300万円に届かないケースだ。300万円を月収ベースで考えると、1カ月25万円を稼がねばならない計算で結構ハードルが高い。

世の中には時給7000〜8000円で複数の副業をこなし、本業を超える収入がある人もいる。だが、業界によって時給は異なり、300万円を稼ぐのがやっとという人が節税すらできないことにならないか。

国税庁が募集しているパブコメには、8月半ば時点で1000件超の意見が寄せられており「どうしても300万円に届かない場合」の質問や意見も寄せられているという。担当者は「いずれ独立を考えている人が副業を始めたばかりの時など300万円に届かないケースがあることは想定しています。これは改正案の中にある『反証』にあたると考えます」と話す。

収入が300万円以下でも納税する本人が事業だと明確に説明することができるならば事業所得としても問題がない。その場合は、確定申告の「特記事項」に理由を明記すれば良いという。「300万円以下は全て雑所得」というわけではなさそうだ。

● 家事費を経費に?「節税ではなく脱税」専門家はこう指摘

税の専門家はどう見るのか。前・青山学院大学長で租税法の第一人者の三木義一氏は、今回の通達改正案について「形式的に雑所得として取り扱う範囲を明らかにしつつ、総合判断で事業になる余地も認めたもの」と解説する。三木氏は以前から会社員向けの「限りなくグレーな節税策」について問題意識を持ち、著書「給与明細は謎だらけ サラリーマンのための所得税入門」(光文社新書)で、この問題を取り上げている。

三木氏によると、会社員が意図的に副業を行い、収入より経費を多くして赤字にする。そうして副業の赤字を給与所得と損益通算する。こうすることで数十年間で数百万円も「節税」できたノウハウを共有する本があったという。

三木氏は「税金を減らすために、わざわざ仕事をして経費を収入以上に生じさせて数十万円もの赤字にするぐらいなら、副業せずにアフター5はお茶でも飲んでいたほうが良かったのではないでしょうか」とした上で「それでも儲かったと思うというのは、経費として計上したお金が実は家事費と言えるからかもしれません」と指摘する。

家事費とは税金の計算上控除できない私的な支出だ。例えば、家族や友人との飲食代や、家族旅行の交通費など仕事の要素を伴わない支出を、経費として計上している可能性があるのだ。「これは『節税』ではなく『脱税』になってしまいます」(三木氏)。税務調査が入り、脱税にあたれば過去にさかのぼって修正申告して納税しなければならなくなる。会社員の場合、所属する会社に知られるリスクもあるだろう。

三木氏は最後にこう締めくくった。「そもそも会社員は毎月給与から天引きされる源泉徴収や、年末に会社が年末調整してくれるなど、自分が納めている税金がどれぐらいかを考える機会が奪われています。その意味では副業をして、しかもぜひ副業でも儲けて、税の仕組みを覚えてください」