中途採用で入社した社員の給与には、「調整給」が含まれている場合がある。前職の給与が維持されるように人事部などが配慮したものだ。その社員を入社時に格付ける人事制度での等級(資格やグレードと呼ぶ企業もある)は役割や能力に応じて扱うが、その等級で支払える額を超えて支給する。

例えば、前職の退職時の給与が50万円とする。中途採用で入った会社の人事制度では、その人を格付けした等級では最も高くとも40万円しか支給できない場合、「調整給」と称して10万円を上乗せし、50万円を払うことがある。

調整給の支給を受ける社員は転職者の増加に伴い、増えているが、一定期間後に支給されなくなり、事実上の賃下げとなる場合がある。そのことに不満を持ったり、労働組合や労働基準監督署、労政事務所に訴えるケースもあるという。

だが、個々の社員により、その額や支給期間が異なり、社内でおおやけにならないケースが多い。それが問題を複雑化、深刻化させることもあるようだ。そこで今回は、人事コンサルタントや労働組合の役員、弁護士に取材を試みた。(ライター・吉田典史)

●採用時に特別の待遇を与える意味合いで支給

主に中堅・大企業の人事制度設計に関わる人事コンサルタントは、筆者の取材で「調整給で特に多いのは、この仕事ができる人が社内でいないために、採用時に特別の待遇を与えるといった意味合いで支給するケース」と話す。

入社後に実力、実績と賃金との間に大きなミスマッチがある場合は話し合いのうえ、賃金を下げる時もあるという。その際は、同じ等級の生え抜きの社員らと同じ額にするケースが多いようだ。

調整給支給の期限を例えば「3年間」とする場合がある一方で、その期限が退職時にまで及ぶケースもある。この場合は実力と賃金との間に大きなミスマッチはなく、期待に応える働きをしていることが前提になるという。

●雇用契約書で注意すべきこと

労働組合・東京管理職ユニオンの鈴木剛委員長は「調整給のあり方は会社により、異なる」と話す。

「通常は給与には基本給とは別に家族手当や管理職手当がつくが、その1つに『調整給』として設けているパターンが多い。支給対象は、中途採用で入社した人がほとんどを占める。一定期間後に支給しなくなる理由で最も多いのは、『会社の求める業績や実績を残すことができなかった』といったもの。入社時の双方の話し合いが徹底しておらず、業績や実績について合意ができていなかったのだろうと思う。合意形成が十分ではないから、『会社が一方的に支給しなくなった』と不満を持ち、我々のもとへ労働相談に来る」。

相談者が勤務する会社は、多くは中小企業やベンチャー企業。鈴木氏によると、これらの企業の基本給は同じ業界の大企業の基本給よりは総じて低く、調整給などの手当をつけることで給与を増額しているようだ。

経営状態が悪化した場合は、手当を減額や廃止にすることで給与を下げる。基本給の減額は法律面で難しい場合があるので、一定の額以内であらかじめ抑え込んでいるのだという。

鈴木氏は「最近は、調整給などの減額や廃止をするケースが増えている。退職勧奨とセットになっていることが多い」と語る。

「ある中小企業では目標の業績を達成できなかった管理職を外し、専門職にした。本人が管理職のノルマがきついと言い、管理職を続けることにためらいを感じていた。給与は7割ダウンになり、年収1000万円が300万円になる。基本給は減額しておらず、調整給や管理職手当をはじめ、各種の手当を支給しなくなったのだ。会社は、この社員を辞めさせようとしているように私には見えた。

裁判では、基本給の一方的な減額には依然として厳しい判断をするケースが多いが、基本給以外の調整給や管理職手当などの減額もしくは支給しないことを認める場合はある」

鈴木氏が労働相談の際にその社員の入社時の雇用契約書を確認すると、次の2つのいずれかのような文言が盛り込まれているという。

①「一定期間(3〜5年が多い)後は成果や実績に関わらず、一律に対象者全員に調整給を支給しない」

②「調整給の支給は一定期間中若しくは一定期間後に成果や実績を再検討し、その結果として調整給の減額や支給を停止することがある」

①の雇用契約書にサインをしている場合、東京管理職ユニオンが団体交渉で会社側に抗議し、撤回させ、これまで通りに調整給を支給させるのは容易ではないという。②の雇用契約書にサインをして賃下げになったとした場合は、会社側と交渉の余地はあるという。

「一定期間中若しくは一定期間後に再検討、の特に再検討の中身を我々は会社側に確認する。そこに客観性や合理性、説得力があるのか否か。そもそも労働契約の第8条にあるように、基本的に賃下げは本人合意がなければできない。   労働者の側にも問題はある。相談に来る人の中には、雇用契約を交わす時に調整給について確認していない人がいる。この認識は甘い、と思う。少なくとも労働基準法15条(労働条件通知)と労働契約法4条(労働者への労働条件提示)、8条(労働条件の変更)を事前に理解したうえで、契約書の締結に臨んでほしい」

●弁護士「制度設計が不十分にも関わらず、一方的な賃下げはありえない」

和泉貴士弁護士は「通常は会社の一方的な賃下げは不利益変更となり、一定の条件を満たしていない限り、認められない。調整給を払わなくなり、給与を下げることも不利益変更になりうる」と指摘する。

「仮に雇用契約書や就業規則に一定期間中若しくは一定期間後に再検討する、と明文化されていたとしても、原則としては再検討の余地はなく、労働者は賃下げに応じる必要はないと私は思う。再検討の結果として調整給を減額もしくは支給しないならば、その前提となる一連の仕組みはどうなっているのか。

例えば、人事評価の仕組みや評価者が査定する際に恣意・主観にもとづく判断をしないようにするための教育訓練やそれを防ぐ仕組み、さらには会社の期待に応じられなかった場合に、本人の教育訓練や育成指導まで含めての対処などだ。少なくともこれらを会社が整備し、社員たちが正確に理解していることが必要。こういう制度設計が不十分にも関わらず、一方的な賃下げはありえない。

そもそもが、会社の求める成果や業績の内容が何を意味するのか。賃下げをする場合の条件やその中身はどうであるのか。雇用契約書や就業規則にどこまで詳細に記載されているか。このあたりは、私ならば特に確認する。労働相談を受ける範囲で言えば、曖昧な会社は少なくない。解雇をちらつかせ、賃下げを迫るケースもあるが、本来、賃下げは法律面からすると簡単なことではない。そのことは、強調しておきたい」

人事コンサルタント、労働組合、弁護士とそれぞれの立場により、捉え方はやや異なるのかもしれない。大切なのは、労使双方が雇用(労働)契約を交わす時はもちろん、人事評価の際も可能な限り、具体的な話し合いを続け、認識の誤差や誤解を防ぐことだろう。特に会社の求める成果や実績、和泉弁護士が指摘するところの一連の仕組みについてのコンセンサスは重要ではないだろうか。