「犯罪は身近にあるものだと感じているはずでした。いざ、自分が被害に遭うと、頭で何も考えられなくなったんです」。青木千恵子弁護士は仕事で移動中、埼京線で痴漢被害にあった。

普段は弁護士として、犯罪被害者の支援を専門分野の一つとしている。「弁護士だとわかっていたら痴漢しないだろうというのはおごりで、弁護士バッジも守ってはくれなかった」。支援する立場から一転、突然、被害者となった。

捜査をうける中で、被害者に代理人弁護士がつくことの重要性をあらためて痛感した。

「被疑者はすぐに弁護人がつきますが、被害者は一人だけ。対等な武器を持たせてもらっていません。当事者とは別に、客観的に冷静にみられる法律家が必要だと思います」

●被害者にとってつらい聴取

被害者支援は、告訴状作りから聴取へのつきそい、検事らとの打ち合わせ、証拠確保、示談交渉など、起訴前だけでも仕事は多岐にわたる。特に、被害者にとって負担となるのは、被害を再現したり当時の記憶を思い出したりする聴取の場面だ。

「被害者がつらくて聴取を一時中断するときに、何がつらかったのかを聞きます。質問の中には、法的に必要不可欠なものもあれば、聞かなくていいことや聞き方を変えてもらえたらよいものがあります。つらいポイントを外すために、法的なジャッジが必要なんです」

青木弁護士も被害者として、同じような体験をした。「なぜ早い時点で声を上げなかったのか」「なぜ逃げなかったのか」「なぜ電車を降りなかったのか」。捕まえる際に加害者に引きずられ、全治3週間のけがを負った青木弁護士。強制わいせつ致傷の罪に問うために、「反抗が著しく困難であった」ことを事細かに問われた。

弁護士として、こうした質問は必要不可欠だと理解していた。それでも、「なぜ」が心に突き刺さり、苦しんだ。

●示談金が当初の10倍に

青木弁護士の事件は、加害者が強制わいせつ致傷で送致され、検察官もこの罪名で起訴を予定していた。しかし、担当していた検察官が異動した後、後任の検察官は何度連絡しても「多忙」を理由に聴取をおこなわなかった。

数か月後、いきなり「東京都迷惑防止条例違反と傷害罪で略式起訴する」と告げられた。きちんとした説明もないままの「罪名落ち」に、代理人弁護士は意見書を提出。すると再び検察官が代わり、当初の罪名で起訴された。

「自分のことだとショックで感情が乱れてしまい、法的に冷静な視点で対応することはできませんでした。たとえ客観的に反論ができたとしても、当事者の言葉は、法的論争としての説得力を持ちにくいんです」

被害者代理人がついていなかったら、一体どうなっていたのか——。こう思うことは、起訴前の示談交渉でもあった。自身が弁護士であると明かし、被害者代理人がついたあとは、提示された示談金が当初の10倍に跳ね上がったのだ。

「安い金額を言いながら、『相場はこんなものです』という弁護人もいる。どれだけ傷ついて、損害を被ったのかは被害者それぞれ違う。それを償うためのお金が慰謝料であって、相場という発想はないはずです」

弁護士になる前は、「問題はお金じゃない」と思っていた。実際には、被害者は元の自分に戻るために、たくさんのお金が必要だった。

犯罪被害を受けると、それまで通りには働くことができない。環境を変えるため引っ越す人もいれば、職種を変えざるを得ない人もいる。「少しでも多くお金を渡してあげることで、新しい人生を歩むための選択肢が増えると思う」。

被害者支援に携わる弁護士が増えてほしいと思うが、現状は「ほぼボランティア」。M&Aなどの企業法務や、相続・一般民事事件を収入の柱としている。

「法テラスの犯罪被害者法律援助の弁護士報酬が少なすぎることが、被害者支援に携わる弁護士が増えない一因になっていると思います。国の犯罪被害者に関する予算も、受刑者 などにかかる予算に比べると、驚くほど低額になっています。加害者に資力がなく、被害弁償されない場合のリスクを国が背負う制度があったらいいなと思います」