2021年6月に大阪市北区のカラオケパブで経営者の女性(当時25歳)が殺害された事件の裁判で、検察は10月12日、被告人の男性に対し、無期懲役を求刑した。

報道によると、殺人の罪に問われているのは店の常連客だったという男性(57)。9月16日の初公判では「被害者遺族の意図をくむように、ぜひとも死刑でお願いします」と発言し、これ以外にはすべて黙秘していたという。

これまでの公判で「犯人かどうかを争う」としていた弁護側は、求刑後にも「第三者による犯行は考えられないか」と改めて無罪を主張。しかし、男性は、12日の意見陳述でも、「来週の判決では死刑を宣告してください」と述べたという。

検察側が無期懲役を求刑したのに対し、被告人本人が死刑を求めるという異例の展開となっているが、このような場合、被告人の意を汲んだ判決になるようなことはあるのだろうか。元検察官で刑事事件に詳しい荒木樹弁護士に聞いた。

●被告人の発言内容だけで刑事裁判の結果が決まることはない

——被告人本人が公判で死刑を求めることには、法的にどのような意味があるのでしょうか。

報道によると、被告人は「死刑を求める」と発言したようですが、それ以外はすべて黙秘しているようです。このような態度である被告人の発言が、刑事裁判において重要に扱われるとは思えません。

もともと、刑事訴訟法では、被告人の供述について、特別に重要視している訳ではありません。

被告人は、黙秘権および供述拒否権を有しており、公判廷では、終始黙秘することもできるし、個々の質問に対して供述を拒否することもできます(刑訴法311条1項)。法律上、供述が拒否されることが前提となっているともいえるわけです。

証人による証言の場合と違って、被告人質問の前に「宣誓書」を朗読することもなく、ウソを言ったからと言って、偽証罪に問われることもありません。

仮に、被告人が自白をしていたとしても、その自白が自己に不利益な唯一の証拠である場合には有罪とされないとされているように(刑訴法319条2項)、法律上、被告人の供述の証拠としての価値は限定的であるともいえます。

刑事裁判においては、証拠による真実解明が重視されており、被告人の発言内容だけで、刑事裁判の結果が決まることはあり得ません。

●「死刑」求める中での弁護側の無罪主張「当然のこと」

——被告人が「死刑」を求める一方、弁護側は無罪を主張しているようです。

「死刑を求める」との発言をした被告人について、弁護側が無罪を主張するのは一見不思議に見えるかもしれません。

確かに、「死刑を求める」とする発言は、自分の有罪を前提とした処罰を求める発言のようにも見えなくもないです。しかし、被告人は、それ以外については全く供述しておらず、具体的な事実関係については一切言及していないのですから、被告人の発言について、証拠としての価値は皆無に等しいです。

少なくとも、(1)なぜ死刑を求めるのか、(2)これまで黙秘したのはなぜか、(3)検察官が朗読した起訴状の事実に間違いはないか、(4)検察官の冒頭陳述にある犯行の経緯は間違いないか、といった質問に回答しないと、自己の犯罪を真摯に認めたとはいえないでしょう。

自白には当たらず、被告人がなぜそのような発言をしたのかの理由がわからない以上、弁護人が、関係証拠を検討の上、無罪を主張するのは当然のことです。

後日、被告人から、「死刑を求めたが、罪を認めたわけではない」などと主張された場合に、弁護人の責任が問われかねないからです。

——今回の「死刑を求める」発言の判決への影響はどうでしょうか。

裁判所としても、被告人の発言の真意がわからない以上、「死刑を求める」とするこの発言を判決の理由とすることは難しく、今回の被告人の「死刑を求める」とする発言を理由に死刑にすることはまず考えられません。

ただ、他の証拠関係などから、犯行が極めて悪質であれば、被害者1名であっても死刑となりえます。また、検察官の無期懲役の求刑に対して、裁判所が死刑判決を出すことは、法律上は問題ありません。

【取材協力弁護士】
荒木 樹(あらき・たつる)弁護士
釧路弁護士会所属。1999年検事任官、東京地検、札幌地検等の勤務を経て、2010年退官。出身地である北海道帯広市で荒木法律事務所を開設し、民事・刑事を問わず、地元の事件を中心に取り扱っている。
事務所名:荒木法律事務所
事務所URL:http://obihiro-law.jimdo.com