働くシニアたちの、若干ヨレヨレとしたイラストが醸し出す悲哀とユーモア。新聞広告や書店の一角で目にして、このシリーズの存在はなんとなく気になっていた、という人も少なくないだろう――。

『交通誘導員ヨレヨレ日記』や『ディズニーキャストざわざわ日記』など、中高年たちが自分の仕事の現場を赤裸々に綴った「日記シリーズ」の快進撃が止まらない。シリーズ14冊目の最新刊『メガバンク銀行員ぐだぐだ日記』も順当に増刷を重ね、シリーズは累計49万部を突破した。

著者たちはいずれも無名だ。共通しているのは、働く現場の圧倒的な生々しさ。いい話も悪い話もてんこ盛り、組織内部のえげつないヒエラルキーや、同僚や取引先からの容赦ない仕打ちまで、右往左往しながら汗と涙を振り撒きつつ働くシニアたちのリアルが綴られている。

「え、ここまで書いちゃっていいの?」というギリギリを攻めて、メガヒットを飛ばし続けているのは、三五館シンシャという小さな出版社だ。三五館という出版社が倒産後、同社の編集部長だった中野長武さん(46歳)が一人で立ち上げ、回してきた極小出版社である。

シニアたちの労働事情という究極に渋いテーマを、究極に小さな出版社がいかにしてメガヒットシリーズにまで育て上げることができたのか。中野さんに聞いた。(ライター・大友麻子)

●新聞広告に高齢者から電話ラッシュ

――無名の著者が、自分の職業体験を赤裸々に書いたという企画が、ここまでの人気シリーズになったのはなぜでしょう。

シリーズ1作目となった『交通誘導員ヨレヨレ日記』を2019年に出した時には、まさかこれほどの売れ方をするとは思っていませんでした。

この企画は著者の方からの持ち込みでした。出版社を3、4社ほど回ったけれども全て断られたと、うちに原稿を持って来られたのが全ての始まりです。著者の柏耕一さんと面識はありませんでしたが、もともと出版業界におられた方で筆力もあり、読ませる原稿でした。

交通誘導員って街中でよく見かけるし、炎天下も寒い日もあって大変そうじゃないですか。でもよく見かける割には、仕事の内情などはあまり知られていませんよね。知られざる仕事の裏側や苦労話って、単純に面白いじゃないですか。

私の判断基準は至って明快です。私が面白いと思うかどうか、それに尽きる。初版5000部くらい刷って、重版1、2回かかるくらいまではいけるんじゃないかな、くらいの読みで出すことに決めました。一人出版社ってこういう時は楽です。私が決めればいいだけですから。

――結果として、この1冊目は10刷まで版を重ね、今や7万6000部超えという大ヒットになっていますね。

当時、柏さんは73歳。「俺と同世代が働いているのか」と高齢の人たちにも興味を持って欲しいと考え、「当年73歳、本日も炎天下、朝っぱらから現場に立ちます」と、年齢を強調したサブタイトルを入れてみました。

発売後は、読売新聞の一面に、新聞三段分を8等分した、いわゆる「サンヤツ」広告を打ちました。それまで出した本でも新聞広告を打ったこともありましたが、正直、手応えを感じるような反響なんてありませんでした。

ところが、広告を打った日の朝、事務所に来ると電話が鳴っている。出ると「読売の広告に出てた本が欲しいんですけど」と言う。受話器を置くと、また電話が鳴る。その日は「どこで買えるのか」「郵送してくれるか」といった問い合わせが続きました。

受話器の向こうの声は皆さんお年を召した方ばかり。お、これは73歳というサブタイトルが響いているんだな、という手応えを感じたので、次は朝日新聞で打とうとか、イラストも入れようといった感じで、どんどん広告も大きくなっていきましたね。

最新刊の『メガバンク銀行員ぐだぐだ日記』

●シリーズはすべて持ち込み 語りたがる高齢者

――さらには次々と中高年の職業日記シリーズが生まれ、14冊で累計49万部という、小規模の出版社としては異例のメガヒットシリーズになりましたが。

まあ、当初からそういう戦略でやったわけではなくて、成り行きでそうなっただけなんですけどね。シリーズで出した本は、全部著者からの持ち込みです。波がありますが、ありがたいことに途切れることなく持ち込みが続いています。

売れてるみたいだから、俺の仕事体験も本になるんじゃないかな、と割と軽はずみに持ってくる人もいますし、長年、文学サークルみたいなところで文章修行をしてきて、これまで大切に書き溜めたものがある、と持ってくる人もいる。千差万別ですよ。

ただ、皆さん、仕事を語りたいし、自分を語りたいところは共通している。そういうのが人間の根源的欲求としてあるんじゃないですかね。まあ、企画を持ち込んでくる段階では、ここまで丸裸なことを書かされるとは思っていなかったでしょうけれども。

●著者が書きたくないことほど書かせる

――丸裸。確かに、ご本人のプライベートなことだとか挫折だとか含め、職場の人間やら取引先やらのダークな部分まで赤裸々に書いちゃってますけど、皆さん、よくここまで書く勇気があったな、というのが正直な印象です。最新刊の『メガバンク銀行員ぐだぐだ日記』も、支店長ガチャとも言えるような組織ヒエラルキーに翻弄される現役銀行マンの状況があまりに過酷で、手に汗握りました。

その意味では、どの本も、本人が書きたいものと、私が書いてくれというものとのせめぎ合いの中から生まれています。先ほども言いましたが、全ての判断の基準は私が面白いと思えるかどうかなので、自分語りのエッセイみたいに、自分が聞かせたい話だけを綺麗にまとめたような原稿は、「うちではなく、自費出版を扱っている出版社に持っていってください」って話になります。

例えば、シリーズの中でもかなり売れた1冊に『ディズニーキャストざわざわ日記』があります。65歳までカストーディアルキャスト(清掃スタッフ)としてディズニーランドで働いていた方の体験談です。

「え、あの夢と魔法の国の内情が赤裸々に書かれているの?」って、なんだか気になりますよね。もちろんこのシリーズですから、「ゲストの方が失くした指輪をキャストみんなで探して、見つけ出しました〜めでたしめでたし」みたいなエピソードは絶対に入ってこないだろうな、というのは読者もわかっている。

ですから私は、原稿を持ち込んでくださる人には「素っ裸になってくださいね」と言っています。その覚悟を持って書いてください、と。その人が隠したいと思うところほど、読者は読みたいわけです。ディズニーランドで働くシニアの、夢も魔法もないリアルが生々しく書かれていないといけない。

家族とのことは書きたくないとか、取引先や同僚のえげつない言動、社内のハラスメントなど、相手もあることなのでできれば出したくないと、本を形にしていく過程で逡巡する人は少なくありません。

だから、書き手とこちらの要望とがどうしても折り合わず、イラストも仕上がっていたしデザインも進んでいたのに、一旦ストップしましょう、となった企画もあります。

『ディズニーキャストざわざわ日記』

●「売れている」からこそ「待てる」強み

――このシリーズの持ち味を損なうような妥協はしたくない?

そういうことです。生意気を言えば、今、このシリーズが好調に売れ続けているので、1年や2年、1冊も新刊を出さなくても出版社として回っていくんです。本を作らなくても食っていける。ところが私は人生において本作りしか楽しみがないので、今も必死に作り続けているんですけど。

一方で、これはすごく重要なことで、どうしても出したい水準までいかない時は、出版を止めるという決断ができるということ。あなたがそのことを書けないのならば、いつか書けるようになる日まで待ちますよ、と言えるんです。

出版社の多くは、毎月の刊行点数の決まりもあるし、月の売り上げ目標もあるでしょう。旧三五館時代の私も、編集部長をしていましたからそれは同じでした。校了2週間前になって著者が「これは書きたくない」なんてごねてきた場合、どうしても2週間後には校了しなければならない以上、折れるのは絶対に版元サイドなんですよ。

でも今は、私一人ですから、どうなってもいいやという思いもあるし、さらには既刊本を回すだけで当面はなんとかなるので、著者が、私の求めるエピソードを書けるまで、2年でも5年でも10年でも待てるんですよね。

●リアルの面白さを徹底追求、企業から警告も

――結果としてこのシリーズは中高年のリアル労働体験記シリーズとして定着しました。定年後も年金だけじゃどうにも生活が立ち行かないという高齢者の切実な状況とリンクしています。

働かなければ食えないが、自分にもできる仕事はあるのだろうか、という高齢者の方達の切実なニーズが一定の読者層を作り上げたことは間違いありません。

ただ、その状況が良いとか悪いとか、このシリーズで何か問題提起をしたいわけでは全くありません。そこには悲壮な現実もあれば、働くことの醍醐味だってあります。どちらか一方ってことはないんですよ。

シリーズの1つ、『メーター検針員テゲテゲ日記』の著者が、働きに行く前の緊張感と働き終わった後の解放感、働くということはその繰り返しだ、と書いているんですね。まさしく人生ってそういうことだろうと思います。

70歳過ぎても働かせるような社会はダメだとか、非正規雇用の搾取システムはけしからんとか、この本を通して言いたいわけではない。シュプレヒコールを読ませたいわけではありません。

仕事と人生が一体化している仕事愛に生きるケアマネさんもいれば、メシのためにハンドルを握ってきたんだよ、みたいなタクシードライバーもいる。働き方や仕事観は10人いれば10人とも違う。このシリーズは、働く現場で起きている具象の生々しさを伝えていくだけです。

そうやって作ってきた結果、「〇〇入門」みたいなお仕事ガイドブックとは違い、忖度ゼロのリアルな現場が書かれているということで、定年以降、どうやったらメシが食えるかな、と考えている中高年たちにも広く読まれているのだと思います。

だから、その仕事の現場のありのまま、素っ裸のリアリティについて、私が読者を十分に満足させられると思えるレベルに達するまでは妥協したくない。

その結果、ディズニーキャストの日記を出した時はオリエンタルランドから「こんなことやられたら困る」という警告書が届きました。けれども、別に会社をあしざまに糾弾するような内容になっているわけでもなく、仕事をする日常の中で起きたディテールを書いているだけですから、弁護士の見解も「表現の自由の範疇だ」ということで、こちらの自信は揺らぎませんでした。

実際に、それ以上何も言ってきませんでした。読者の反応も、ますますディズニーランドに愛着が湧いたという人もいれば、それはもうさまざまですから。

もしもの時には裁判で白黒つければいいと思っています。

●他の出版社から企画をパクられる

――それだけの覚悟を持ってきて作ってきたリアルお仕事シリーズなだけに、1冊1冊のクオリティは落とせませんね。

そうです。だからこそ、書店でうちのシリーズの横にパクリ本が並んでいるのを目にした時は頭に血がのぼりましたね。ワニブックスが『ウーバーイーツ配達員ヘロヘロ日記』っていう本を出したんです。イラストの入れ方もタイトルの付け方も、これは完全なるパクリですよ。だから書店でもシリーズの1冊であるかのような並べ方をされてしまった。

――多くの読者はいちいち版元を確認したりしませんしね。

これは看過できないなと思って内容証明を送りました。こんなパクリ本が許されるのか、裁判で白黒つけようと思っていました。結局ワニブックスは、「重版はしない」「本の広告宣伝はしない」というこちらの要求をすべて飲んだので、合意書を作成することで落ち着きました。

ほかにも、日記シリーズの『派遣添乗員ヘトヘト日記』の著者が、朝日新聞出版から本を出しました。

著者の活躍の場が広がるのはいいことなのですが、そのタイトルが『旅行業界グラグラ日誌』という。こういうタイトルって恥ずかしくないのかなと思いますね。「このタイトルで行こう」っていう朝日新聞出版も矜持がないんでしょうか。

売れてる本をパクればいいやという姿勢は出版業界を地盤沈下させるだけだと思うんですけどね。 そもそもこういうパクリ本が法的に許されるのかどうか、裁判ではっきりとさせたいという思いもあります。

ですから、次の機会があれば、実際にきっちり裁判をしたいと思います。もちろん、そんな機会が来ないほうがいいわけですが。