コント集団「ザ・ニュースペーパー」の舞台には、まだ彼がいる。安倍晋三元首相のことだ。銃殺事件直後から、今も福本ヒデさん(51歳)が演じている。

風刺を信条とする彼らにとって、長期政権を誇った「アベ元首相」は定番のキャラクターだった。公演を数日後に控えた7月8日、突然亡くなった。「不謹慎かも」「お客さんが引いてしまう」。メンバーで侃侃諤諤話し合って、演じることを決めた。

福本さんは安倍夫妻の前で芸を披露したことが複数回あり、後に問題視されることになった「桜を見る会」にも出席している。いわば"公認"で、7月12日の増上寺の葬儀にも参列した。

「直後は夢に出てきたり、突然泣けてきたり。アベ元首相を演じて『命を奪ってはいけない』というメッセージを込めることにしました。笑いは他のところで取ればいい」

観客が求める限り、大きく手を上げる仕草のモノマネをしながら舞台に上がり続ける。

●体の動きや口調を徹底研究

福本さんは、2008年9月に初めて安倍元首相と対面した。妻昭恵さんに誕生日パーティーの余興として呼ばれたのだ。当時は第1次政権で総理を辞した1年後。まさか本人の目の前とは思わなかった。

「緊張しすぎて胃がきりきりしましたよ。何にも言わないで横で見ている。顔色うかがいながら大丈夫かなと」

関係者ばかりの完全アウェー状態。それでも芸人魂は揺るがなかった。「これからは始球式に出ますよ。投げ出すのは得意ですから」。会場はしらけたが、安倍氏は優しかった。「いつからやってるの?」などと短い会話を交わした。元々顔が似ているわけでもなく、メンバー間の消去法で演じるようになったが、動きや口調を研究した。

●うれしかった「有難う」のメッセージ

再度まみえるのは、第2次政権になってからの2018年、2019年のこと。首相公邸のクリスマスパーティーに余興として呼ばれた。夫妻はにこにこしながら30分のコントを立ったまま見ていた。

潰瘍性大腸炎を難病だと知らず、ネタにしていたことを詫びると「全然いいよ」と達観している様子で「強い人だな」と感じたという。翌日には知らない番号から着信が。本人だった。「安倍晋三です。またお願いしますね」。かけることはないとは思いながらも、番号を登録した。

その後も招かれた桜を見る会では、写真撮影で定位置ではない場所に移動して安倍氏の後ろを陣取ったり、公邸を訪れたりと交流は続いた。昭恵さんから安倍氏が使っていたネクタイをもらった。安倍氏のサイン入りのそれは、大事な場面で使うと決めている。

2020年8月に安倍氏が退任を発表した日、なんだかもやもやして公邸や国会の周りを歩いた。一言伝えたい。あの日登録した番号に電話した。出なかったが、留守電にメッセージを残した。「演じさせてもらったおかげでいろんな経験できました」

2時間後、ショートメッセージが届いた。「有難う」。短かったが、感激した。

●前向きになるメッセージを伝えたい

その2年後、安倍氏は銃弾に倒れ、帰らぬ人となった。ニュースペーパーにも激震が走った。数日後に公演を控えていたからだ。「こんな中でギャグってできるのか」。悩んだ末、ファンタジー要素を加えた台本に書き換え、前向きな言葉を入れて演じた。

「ここで泣いたらだめだ」と踏ん張る福本さん。しかし、菅義偉氏を演じる山本天心さんは涙ぐんでしまった。福本さん演じるアベ元首相を見て胸に迫るものがあったのだという。「福本はもっと精神的につらかったと思います」(山本さん)

国葬の翌々日の9月29日、日弁連の人権擁護大会でも安倍元首相を演じた。辛辣な風刺が人気のザ・ニュースペーパーも、近年は特にネット上での炎上にも気を配り、慎重にいかなければとの考えもあるが、挑戦した。会場は笑いに包まれた。

先日、浅草の寄席で舞台前、アベ元首相のメイクを施した福本さんに「まだやってるんすか」と懐疑的な芸人仲間がいた。しかし客に受けた。彼は「すごい」と賞賛を惜しまなかった。

福本さんは言う。

「渡部又兵衛(リーダーで9月に死去)も言っていました。習うより慣れろと。お客さんの反応があるのが面白い。これからも観客の反応がある限り、アベ元首相であり続けます」

【プロフィール】 福本ヒデ・1971年、広島県神石高原町出身。安倍元首相のほか、麻生太郎氏や石破茂氏、野田佳彦氏などの政治家キャラを演じている。美術に造詣が深く、画廊などでの展示、美術講座も開催する。 ザ・ニュースペーパーの12月公演は銀座博品館劇場で15〜18日に昼夜7回、現在発売中。多摩市と千葉県船橋市での公演もある。
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