弁護士を辞めて、僧侶として生きていくことを決断——。

元弁護士という異色のキャリアを持つ僧侶、堀江利昌(ほりえ・りしょう )さんだ。

堀江さんは弁護士を「天職」と思い、忙しく働いていたが、幼い頃から親しんできた仏教の道を選んだ。

世界情勢やコロナ禍において、人と人とのいさかいがあふれている昨今、その解決を法的にするのではなく、仏教の世界に身を置くことで向き合いたいと考えている。

今は、大本山・増上寺(東京)で働く堀江さんに聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)

●「法律を知っていることはかっこいい」と法学部へ

堀江さんが法律家の道を選んだのには、きっかけがあった。

都内の高校に通っていた堀江さんは、ある土曜日の午後、学校帰りにスターバックスでコーヒーでも飲もうと、友人と新宿に行った。そこで、「有事法制」について、街頭演説している人たちを見かけた。

当時、政府が海外から武力攻撃を受けた際の「有事」を想定した国内の体制をととのえるために関連法案が国会に提出され、憲法改正も含めた大きな議論になっていた。

「憲法改正について、社会の授業で習ってはいたものの、何も知らないなと思いました。それで、憲法改正についての新書を読んでみたところ、考えなくてはならない課題であることがわかりました」

後日、ある授業で先生が外国人の選挙権について話題をふった。ちょうど、憲法改正についての本を読んだばかりだった堀江さんは、こう答えた。

「国政選挙で投票権を得ることは難しいが、地方選挙に関しては法律が改正されれば将来的に認められる可能性がある」

すると先生が「堀江くん、かっこええな」とほめてくれた。法律を知っていると、かっこいい、ほめてもらえる。もっと法律について学ぼうと、大学では法学部を目指した。

もともと、何かを調べたり、勉強することが好きだったという堀江さん。早稲田大学の法学部に入学し、本格的に法律を学び始めた。

大学では法律の面白さを実感した。

「法律の条文はとてもシンプルです。たとえば、『人を殺した者』を殺人罪に問うわけですが、じゃあ実際には『人』とはなんだろうか、という問題があるわけです。お腹の中にいる赤ちゃんは『人』なのか。出産時に、頭だけ母体から出ていたら『人』なのか。そういう論点が生まれ、いろいろと思考をめぐらせて学説が立てられるのが、まず面白かったですね」

勉強していくうちに、民法にハマった。早稲田大学の総長もつとめた法学者、鎌田薫さんのゼミに入り、法学の奥深くに足を踏み入れていった。

「たとえば、民法177条には『不動産に関する物権の変動の対抗要件』というものがあるのですが、そこに出てくる『第三者』というのは何かというテーマで、半年間、条文とにらめっこしたりしていました」

その後、堀江さんはさらに法学を学ぶため、ロースクールへ進学するのだが、その前に人生の転機を迎えていた。僧侶への道だ。

●大学3年から僧侶の修行をはじめる

周囲の大人は僧侶ばかり。堀江さんはそんな環境に生まれ育った。父方の実家は都内のお寺。父の姉が嫁いだ先も千葉県内のお寺。小さいときから、お寺に連れていかれ、お手伝いをすれば「えらいね」とほめられる。お寺の一員になれた気がして、誇らしかった。

しかし、父方の実家がお寺とはいえ、父は兄弟の末っ子で、お寺を継がずに会社員として働いていた。通常、お寺の後継者が僧侶になることが多い。逆に言えば、継ぐお寺がなければ、僧侶にはならないというのが一般的だった。

堀江さんも当初は「普通の仕事をしようと思っていました」と話す。ではなぜ、僧侶に?

「在籍していた鎌田先生のゼミは、勉強熱心な人たちが集まっていました。今は弁護士になっている友人2人と一緒に勉強していたのですが、彼らは、頭の良さ以上に、勉強量が圧倒的で、息を吸うがごとく勉強していました。

彼らはお父さんそれぞれ弁護士で、その背中を見て法学部まできているわけです。自分が勉強しようと思っても、その姿勢には敵わないなあと。じゃあ、自分に何があるかと考えたときに、そこにお寺がありました」

他者と争うよりも、他者と異なることを見つけたいと思った堀江さんは、大学3年のとき、浄土宗の僧侶(浄土宗教師)になるため、本山での修行を始めた。春休みや夏休みのたびに増上寺や光明寺(神奈川県鎌倉市)、そして総本山の知恩院(京都市)で修行する。修行はロースクールの1年目まで続いた。

最後の修行はロースクール1年目の冬。最後に、1カ月に及ぶ修行のため、増上寺に入った。早朝に起床したら、念仏を唱える。それ以外のことは、極力削ぎ落とす。ご飯は5分で食べ終え、また念仏を唱えたり、浄土宗の教えや儀式のお作法などを学んだ。

12月末、清々しい気持ちで修行を終えてお寺を出ると、待ち受けていたのは、ロースクールの試験だった。合格ラインに届かなければ、容赦なく留年させられる。

「12月は授業も聞けていなかったし、出席日数もギリギリでした。友だちにとってもらっていた授業のノートや録音で勉強を始めました。人生で1番がんばったと思います(笑)」

徹夜して、朝はコンビニまでご飯を買いに行く。きつかったが、自分の成長を実感できた。試験も無事に終え、留年も免れた。

元弁護士の僧侶、堀江利昌さん(2022年9月、弁護士ドットコム撮影)

●司法試験に合格、ずるずると弁護士に

「ロースクールでは、毎日が楽しかったです。その専門を何十年と研究されてきた先生といくらでも議論できる。充実していました。一方で、司法試験を受けることは本当に嫌でした。自分が好きで学んでいることに、どうして点数をつけられなくてはならないのかと思っていました」

勉強が好きでロースクールまできたものの、弁護士になりたいわけではなかった。周囲は弁護士を目指して司法試験の勉強に取り組んでいたが、堀江さんは目標が見つからず、あちこちをさまよった。

たとえば、千葉の房総半島を電車で一周してみたり。「夏目漱石の『こころ』にそんなシーンがあったから」という。ロースクール卒業後に司法試験を受験してから、周囲が就活を始めるのを横目に、アメリカにも渡った。

「海外で友人と会ったり、いろいろな人と話しているうちに刺激を受けて、自分の人生も、もっと面白くなるぞ、と思えるようになりました」

帰国後は、司法試験の結果発表が待っていた。

「正直、落ちると思い込んでいたので、また次の1年の間にゆっくり今後のことを考えようと思っていました」

ところが、予想を裏切って、司法試験は合格していた。堀江さんは震えた。考えるいとまもなく、司法修習に行くことになっていた。堀江さんは悩みつつも、ずるずると弁護士への道に進んでいった。

千葉での司法修習時代も目標が見つからず、就活もしなかった。見かねた指導担当の弁護士が、自分の事務所へと誘ってくれた。入所した事務所は、幸い、民事で不動産の案件を多く扱うところだった。学部時代に学んだことが活かせる。天職だと思った。

弁護士として、前向きに仕事に取り組んでいた堀江さんだったが、あることに気づいた。

「人と人との争いに身を置くのが本当につらかったんです。お互い、自分が正しいと主張するのではなく、もう少し受け入れてあげる余地はないのかと思いながら、クライアントの話や先方の話を聞いていました。そのうち、裁判所に行くとお腹が痛くなるようになってしまって…」

堀江さんは、弁護士であると同時に、僧侶でもあった。

「解決として法律を使うことは必要だと思うのですが、それだけではない解決がある」

そんな葛藤を抱えながら仕事をしていたある日のこと。コンビニにコーヒーを買いに行こうと乗ったエレベーターでふと鏡をみたら、疲れた顔の男性が映っていた。自分の顔だった。

「こんな顔をしながら、30年、40年と弁護士を続けていくのかと思ったら、無理だなと」

決断したら早かった。弁護士会に「退会します」といって、弁護士バッジを返した。事務員が、「また登録したくなったら来てくださいね」と気遣ってくれたが、堀江さんの内心は晴れ晴れしていた。

「もう来ません!と思いました。お腹が痛くなり、体が悲鳴を上げていたのも、すっかり取り払われて、爽快感がありました」

元弁護士の僧侶、堀江利昌さん(提供写真)

●カフェで『ハリー・ポッター』を読んでいたら…

次に何をするのか、具体的に決めないまま弁護士を辞めた堀江さん。ふと、海外の仏教国を見てみたいと思い立ち、東南アジアのミャンマーに向かった。

初めて訪れたミャンマーは、仏教が根付いている国だった。僧侶が街中を托鉢しながら歩いている。お寺もオープンで、さまざまな人たちが思い思いに過ごしていた。

旅の途中、ヤンゴンにあるシュエダゴン・パゴダという寺院を訪ねた。ミャンマー仏教の聖地で、黄金に輝く仏塔で知られている。

「ちょうど雨季で、集中豪雨で外に出られなくなり、半日ぐらいずっと座って、大仏と向き合っていました。現地の人たちもお祈りをしていて、この美しい世界で生きたいと感じました」

このとき、感じたままに堀江さんはメモを残している。

「すべての人の祈る姿は美しい。ブッダに近づこうとしている僧侶もまたその姿が美しくてかっこいい。それだけで十分じゃないか」

僧侶として生きていこうと決意した瞬間だった。

しかし、僧侶として生きていこうと思っても、容易ではない。どうしたらいいのかと考えあぐねているうちに、また日々が過ぎていった。

「ある日、カフェで『ハリー・ポッター』を読んでいたら、ある世界的なミス・コンテストの日本大会に友人の女性が出場していることを思い出しました。そのままスマホでストリーミング映像を開いて音を消し、画面を見ていました」

突然、友人の顔がクローズアップされ、その頭にティアラが乗せられた。友人は、日本代表に選ばれた。彼女の栄冠を喜ばしく思う反面、自分の不甲斐なさに吐き気がした。

「カフェで『ハリー・ポッター』を読んでいる場合じゃない」

すぐさま、僧侶の師匠に電話して、会いにいくことにした。師匠に相談してから数カ月後、ご縁があった増上寺に「転職」することができた。法律家としての経験も見込まれてのことだったようだ。

元弁護士の僧侶、堀江利昌さん(提供写真)

●法律家としての経験、僧侶としての知恵

堀江さんは今、増上寺で浄土宗開宗850年のための事業を手がける。たとえば、増上寺には東京タワーとの組み合わせが美しく、世界中から参拝客が訪れる「大殿」という建物がある。建立から50年を迎えようとしている大殿は屋根瓦を葺きかえる必要があった。その費用をクラウドファンディングなどを活用して3万人から寄付を集めたのが、堀江さんだ。

「寄付をお願いして、どこの建設会社と契約を結んで、プロジェクトを進めるか。関係者を調整するための書面も作らなくてはなりません。それは、自分が弁護士として複雑な事実関係を整理して書面にまとめるといった経験が活かされています」

僧侶であることと、弁護士の経験があることが交わったところに、自分が立っているのだと、堀江さんは言う。

今、日本では宗教の問題が取り沙汰される一方、世界的には政情が不安定な状態が続いている。そうした中、人は何を拠り所にすればよいのだろうか。

「すべて、絶対というものはありません。すべては常に変わりうる。それは、物事の捉え方が一つではなく、いろいろな捉え方ができるということです。

『われわれは何々をすべきだ』と言われるかもしれないけれども、本当にそうなのか。そうじゃない可能性を認めているのが、仏教ではないかと思っています。

たとえば、『遅刻すべきではない』というのは、たしかにそうなのですが、遅刻をしてしまった人には何か理由があるのかもしれない。心身の問題があって、朝は起きられないのかもしれない。あるいは、世話をしなければならない子どもやおじいちゃんおばあちゃんがいるのかもしれない。

だから『べき』というのは短絡的だと考えています。『遅刻すべきではない』と言うとき、相手だけではなく、自分自身も拘束して苦しめているわけです。だったら、正義を振りかざすのではなく、いろいろなものの見方ができるように変わっていく。一緒にどうしたらいいのかということを作っていくことができればと思っています」

堀江さんは仕事のかたわら、弁護士として経験した争いごとの問題や、僧侶として考える争いの乗り越え方を伝える講演活動もおこなっている。

【堀江利昌さん略歴】
1987年生まれ。僧侶、法律家。 早稲田大学法学部卒業、同大学院法務研究科修了(法務博士(専門職))。司法試験合格後、弁護士に。また父の実家がお寺であったことから、仏教の世界を身近なものとして育ち、大学在学中に仏門に入り僧侶となる。 弁護士として約3年半にわたる活動を行うが、争いごとのなかに身を置きつづけることに疑問を抱き、30歳となる2017年3月に法律事務所を退所。同時に弁護士資格を返上。 約1年間に渡って次の道を模索し、2018年大本山増上寺に入山。大殿本堂の屋根瓦総葺き替えを担当する。先端技術を活用し、新たな瓦に厚さ0.3mmのチタンを用いることにより屋根の荷重を従来の約10分の1とすることに成功。約3万人からの寄付を集める。現在は重要文化財改修等の企画立案やファンドレイズなどを行っている。このほか、全国にて「争いをのりこえる思想」をテーマとした講演や生命科学・医学分野の企業の倫理審査委員を務めるなど、幅広い活動を行っている。 ​