青年誌「ヤングアニマル嵐」(白泉社)で、「柔のミケランジェロ」を連載する漫画家のカクイシシュンスケさんが、かつてアシスタントとして仕えた漫画家の三田紀房さんに対し、未払い残業代があるとして支払うよう請求していた問題で、三田氏は2018年1月17日に自らの公式サイトで支払いに応じたと明らかにした。

これを受け、弁護士ドットコムニュースでは1月22日、カクイシシュンスケさんにインタビュー取材を行った。約1時間にわたり、事の経緯や三田氏への思い、漫画業界が抱える労働問題などについて聞いた。主なやり取りは以下のとおり。

●請求どおりの支払いに「ホッとした気持ち」

ーー今回、問題提起した結果を自らどう評価していますか

「自分としては、こちらの請求したとおりに払ってもらって、ホッとした気持ちです。三田先生の名前を出してしまったせいかもしれませんが、ここまで話が大きくなるとは思っていませんでした。こうした問題があるということを、知ってもらえたというのはよかったです」

ーーそもそも漫画家アシスタントの労働状況についてどう感じていましたか

「まず、出版社から漫画家に支払われる報酬がかなり低く、アシスタントの人件費も計上された金額にはなっていないと思います。アシスタントを雇って、場合によっては2つくらい連載を持ちながらやっていかないといけません。どうしても『給料少なめ、労働時間長め』でやらざるを得ない部分があります。

アシスタントは漫画が描きたくて事務所に入ってきます。雇用に対する知識をもっているわけではありません。漫画の締め切りは厳しく、漫画家は雇用に関する知識が乏しいまま、人を雇う構造です。それでも、アシスタントは漫画が描きたいから雇えてしまう。アシスタントも『そんなもんだろう。修行させてもらっている』という感覚があります。

また、いくらアシスタントとしての技術を身につけても、自分名義の作品でメシが食べられていないという状況では自信が持てません。食べていけなくてやめちゃう人は多く、せっかくの技術がもったいないです」

●業界では「いい環境」とされる三田氏のもとでも残業あり

ーー三田氏のところはどのような労働環境でしたか

「休憩時間(ランチ)は15分で、買っておいたパンをかじってコーヒーを飲んで、それからまた描くのを再開するという働き方でした。ただ、それによって健康を崩したということはなく、ハラスメントも全くありませんでした。

残業はありました。もちろん残業がない日もありましたが、最も遅いときは25時頃まで働きました。22時ごろまでの残業は珍しくはありませんでした。

一方、他の事務所では、漫画家が食べる料理を作らされたり、ペットの糞の掃除をさせられたりすることもよくあるパターンです。そうしたところと比べれば、三田先生のところはきちんとしている方でした。アシスタントに多く絵を描かせますが、あとはトイレ掃除を当番でやるというくらいでした」

ーーどうして未払い残業代があると主張することにしたのですか

「三田先生がかつて、自らのところでは残業をアシスタントにさせていないという趣旨のコメントをメディアでしているのを見て、『あれ?僕たちは散々夜遅くまで書きましたよね』と思いました。

残業代を請求すること自体は、自分で考えつきました。知人から『そんなことをして業界的に大丈夫?』と言われたことはありましたが」

●タイムカードが決め手、労基署にも相談

ーータイムカードを残していたことが大きかったのでしょうか

「はい、大きかったです。三田先生のところでは給与を支払う際、日々の出退社の時間がわかるタイムカードのコピーを渡してくれます。親族から、『そうした記録は残しておいた方がいい』というアドバイスがあり、ずっと保管していたんです。それで、自分で残業時間を計算して、2年4ヶ月分を請求しました。支払われたのは約100万円強でした」

ーーなぜ2年4ヶ月分の請求にとどめたのでしょうか。請求する前、労働基準監督署に相談されたそうですね

「三田先生のところでアシスタントとして働いていたのは、2005年9月5日から2017年4月27日まででした。ただ、残業代の請求は2年分しかできないということで、労基署からは『全額支払われるとは限らないため、多めに請求しておいた方がいい』とのアドバイスをいただき、2年4か月分の請求とすることにしました。

手元にタイムカードは残っているので物理的に計算することは可能ですが、計算する作業も大変ですし。2年4ヶ月の内訳は、2015年1ー12月、2016年1−12月、2017年1-4月です。

請求するのはこちらの権利で、支払われるべきものはきちんと支払って欲しいという思いでした。三田先生にわかってほしいということもありましたが、やっぱりどうしたら漫画業界だったり世間一般に伝わるのかという考え、ブログやTwitterで発信しました」

ーー三田氏から手紙が届いたそうですね

「はい。カクイシくんも漫画をやっている訳だし、これからも共に漫画家として頑張っていこうというメッセージでした。こちらを責めるような事は書かれていませんでした」

●この問題をスルーする漫画家に感じる寂しさ

ーー今回、問題提起をしたことでどんな反応がありましたか。仕事への影響は

「Twitterを見ていましたが、普段から社会問題について積極的に発言されている先生方も含め、スルーされていると感じています。『アシスタントなんてそんなもんだろ』という思いからなのかもしれません。みなさんお立場があるでしょうから、下手なことは言えないというのはあると思いますが、寂しさや悲しさを感じます。

仕事への影響も今のところ特段ありません。『なんてことをしてくれたんだ』という電話も担当の編集者からかかってきていません。ここのところ仕事を頼むことがあるアシスタントの方と電話で話をした時に、『誰かが言わなきゃいけないことですよね』と言ってもらいました」

【プロフィール】カクイシシュンスケ。東京都出身、1981年生まれ、36歳。

※なお、弁護士ドットコムニュースでは1月9日に三田氏への取材も申し込んだが、1月18日に「取材は現在受け付けておらず、下記のページ(三田氏の公式サイト)のご報告を回答に代えさせて頂ければ幸いです」と担当者を通じて断りの連絡があった。

(取材:弁護士ドットコムニュース記者 下山祐治)早稲田大卒。国家公務員1種試験合格(法律職)。2007年、農林水産省入省。2010年に朝日新聞社に移り、記者として経済部や富山総局、高松総局で勤務。2017年12月、弁護士ドットコム株式会社に入社。twitter : @Yuji_Shimoyama

(弁護士ドットコムニュース)