『小野木里奈の○○○○○日和』は、鈴鹿8耐に参戦したゼッケン44番『SANMEI Team TARO PLUSONE』の関口太郎選手と奥田教介選手、ゼッケン85番『TONE RT SYNCEDGE4413 BMW』の石塚健選手の御三方にお話をお聞きしました。

レーサーになろうとした切っ掛けとは?

 皆さん、こんにちは小野木里奈です。そもそも、バイクレースで活躍する選手の方が、レーサーの道へ足を踏み入れることになったのか気になりませんか?

過酷な世界で活躍するバイクレーサー
過酷な世界で活躍するバイクレーサー

 私は、以前レースを観戦した時、限界スピードでサーキットを責める選手の方々の姿に圧倒されました。そして、わずかなミスが原因で命に危険が伴う転倒や、自分が気をつけていても周りに巻き込まれてしまう可能性もある危険なレースです。その中でも常に戦い続ける彼らに、どうしてレーサーになろうと思ったのかを聞いてみたくなったのです。

私(小野木里奈)、関口太郎選手、石塚健選手、奥田教介選手、高梨はづきちゃん
私(小野木里奈)、関口太郎選手、石塚健選手、奥田教介選手、高梨はづきちゃん

 今回は『2022 FIM世界耐久選手権“コカ・コーラ”鈴鹿8時間耐久ロードレース 第43回大会』(以下、鈴鹿8耐)に出場した3人の選手の方々に取材をしました! お話を聞いた選手の方々とは、ゼッケン44番『SANMEI Team TARO PLUSONE』の関口太郎選手と奥田教介選手、ゼッケン85番『TONE RT SYNCEDGE4413 BMW』の石塚健選手です。

小野木:そもそも、なぜレーサーになろうと思ったんですか?

レーサーになった切っ掛けはレース観戦と語る関口選手
レーサーになった切っ掛けはレース観戦と語る関口選手

関口選手:僕の切っ掛けは、幼い頃のレース観戦だったんです。だから、彼ら2人よりもレースを始めたのが遅かったけど、やっぱり切っ掛けとなると親の影響って大きいよね。

小野木:子供の頃にもうレース観戦を体験していたんですか?

関口選手:そう。それで、「絶対に自分もあそこで活躍したい!」ってずっと思い続けていたんです。

石塚選手:僕は父からプレゼントしてもらったポケバイが切っ掛けでした。たしかに親の影響は大きいですね。ポケバイを始める子供達は、大抵親のすすめが多いです(笑)

小野木:そんな幼い頃からバイクを経験していたんですか?

3歳からポケバイに乗り始めたという石塚選手
3歳からポケバイに乗り始めたという石塚選手

石塚選手:僕は3歳の誕生日に父からポケバイをプレゼントしてもらって、それからずっとバイクに触れています

小野木:3歳の誕生日にバイク… 親御さんのバイクへの愛情が伝わりますね。

ポケバイの練習場が切っ掛けになった奥田選手
ポケバイの練習場が切っ掛けになった奥田選手

奥田選手:僕は幼い頃にポケバイの練習場があったので、親に連れていってもらいました。それがバイクを知った切っ掛けですね。その時からバイクに乗るのが本当に楽しくて。

小野木:まさかの近くにポケバイの練習場があったんですね。

奥田選手:僕も関口さんと同じでレースを観戦して、自分もバイクレーサーになりたいと思いました。あとはとにかくバイクに乗ることが楽しかったんです。

石塚選手:僕はポケバイの頃から大会に出ていて、その頃から世界で活躍するバイクレーサーになりたいと思っていました。

 ポケバイとは『ポケットバイク』の略称で、日本で誕生したミニサイズのオートバイ。50cc以下のエンジンが搭載されており最高速度時速45kmまで出るそうです。対象年齢が3歳から乗れる車両もあります。ということは、石塚選手はポケバイを乗れる年齢になってすぐに乗り始めたということになります…!

 それにしても時速45kmって、子供にとって結構なスピードですよね。私でさえ教習所でバイクに乗ってから、初めて時速40kmを超えた時、車と違ってとても勢いを感じましたのを覚えています。こんな幼い頃からバイクに触れる機会が日本にあるだなんて思っていなかったので驚きました。

 お三方とも、幼いからこそ影響やきっかけが親御さんというのも共通しています。私もバイクに興味を持ち始めたのは両親の影響でした。二人の後ろに乗っていた頃、次々と流れるように目の前で変わる景色や風を受ける感覚が気持ちよかったので、自分もバイクを運転できるようになりたいと思ったのが切っ掛けです。現代の日本においては、若者のバイク離れがある中で、周りの同世代でバイクの免許を持っている方はほとんどいなかったですし、やはり幼い頃からバイクに興味を持ち始めた背景には家族の影響が大きいのかもしれません。

TONE RT SYNCEDGE4413 BMWの石塚健選手
TONE RT SYNCEDGE4413 BMWの石塚健選手

 そんなお三方は、幼い頃からレースに出場し、現在では鈴鹿8耐などの有名なロードレースなどでも数多く活躍し続けています。

小野木:競技をする上で、ご自身の体づくりやメンテナンスなど意識していることはありますか?

関口選手:もちろん、必要なことはしています。でも、強いていうならレース本番が終わった後ですね。次の日は完全OFFにして、自分をちゃんとリセットします。それくらいかなぁ。

SANMEI Team TARO PLUSONEの奥田教介選手
SANMEI Team TARO PLUSONEの奥田教介選手

小野木:あれだけ迫力があるレースを経験して次の日にはリセットしてしまうんですか?

関口選手:はい。次のことも考えるために、引きずらぬよう僕は一旦リセットをするようにしています。

石塚選手:僕らの中ではそのレースが終わっても、次のレースがまた控えているからこそですね。

小野木:やはりお二人(石塚さん&奥田さん)もされるのですか?

奥田選手:正直、特別なにかするということはないんです (笑)

石塚選手:うん、僕も自分の中で何か決めていることは特にないんですよね。特別な自分ルールというものも決めてないしなぁ。

小野木:あえて、あまり決めすぎないということがいいのかもしれませんね。

鈴鹿8耐決勝で戦うSANMEI Team TARO PLUSONEの関口太郎選手
鈴鹿8耐決勝で戦うSANMEI Team TARO PLUSONEの関口太郎選手

 あれだけの激しいレースを戦い続けるには、私たちが想像している以上の集中力と忍耐力が必要だと思います。だからこそ、お話を聞く前は特別なメンタルコントロールなどをしているのかな、と勝手に想像していたのでこの回答には驚きました。

小野木:幼い頃から大人になるまでバイクレーサー以外の夢を考えたことはありましたか?

関口選手:無いです!(即答) それだけレースというものに憧れていて、子供の時レースを観てからずっとこれだけを目標にしてました。

石塚選手:僕も同じで全く考えたことなかったです。

奥田選手:僕もそうですね。バイクに乗ることが楽しすぎて今更離れられないんですよ。

石塚選手:そう、なんかバイクから離れる日常を想像できないですね。レースという世界を経験すると、色々と物足りなくなってしまうんですよ(笑)

奥田選手:そうそう!

バイクレースは好きだからやめられない
バイクレースは好きだからやめられない

関口選手:もちろん、この世界で活躍するために幼い頃から、友達と遊ぶ時間がなかったりなど、我慢してきたものはありました。それは彼ら(石塚さん&奥田さん)も同じだと思います。でもそれでもやっぱり好きだからやめられない(笑)

石塚選手:今思えば、学校行ったら土日などの休みはずっと練習でした。夏休みとかも練習でしたし。でもそれほど好きだったからなんです。

奥田選手:はい、やっぱりバイクに乗ることが好きなんですよね。

耐久レースはチームとの信頼関係も重要な要素
耐久レースはチームとの信頼関係も重要な要素

 幼い頃から1つの夢だけを追いかけ続け、他に揺らぎもせずにずっと継続していくことはものすごい意志の強さだと思います。私なんて幼い頃、本やテレビに影響されコロコロと将来の夢が変わっていました(笑)

 それだけ好きになれるものを幼い頃に見つけたことと、そしてそれを叶えるために周りから影響されず、日々練習を継続する意志を持つことは簡単ではないはず。だからこそ、レース業界で活躍され続けているんだなと感じます。これからもバイクレースを今以上に盛り上げていただきたいと思いました。

 いかがでしたか?今回は、レースという過酷で美しく迫力のある世界で活躍する選手の方々に取材をさせていただきました。関口太郎選手、奥田教介選手、石塚健選手、貴重なお時間ありがとうございました!