2023年シーズンのMotoGP第4戦スペインGPの取材のために、スペインのヘレス・サーキットを訪れた筆者(伊藤英里)です。そこで感じたのは、観客の大きな熱量。そして観客もまた、このレースを形づくっている、ということでした。
現場で実感! 観衆によりレースの魅力が一層高められる「へレス」
2023年シーズンのMotoGP第4戦スペインGPの取材のために、スペインのヘレス・サーキットを訪れた筆者(伊藤英里)です。
土曜日の朝、駐車場にクルマを停めてメディアセンターに向かって歩いていたときです。パドックに入る前に見える10コーナーの向こうの丘から、大きな歓声が響いてきました。その丘にはすでに大勢の観衆が座り込んでいて、午前中の走行が終わるのを待っていました。地響きのような歓声は、少しずつ消えながら空に吸い込まれていきます。ゾクリ……と背中に震えが走りました。「これが、ヘレスの歓声なんだ」と。

スペインGPが開催されるヘレス・サーキット‐アンヘル・ニエトは、スペイン南西部のアンダルシア地方に位置しています。ジブラルタル海峡までは100kmほど、つまりアフリカ大陸の近くです。
スペインGPが開催された4月下旬の日中の日差しは強く、レースが行なわれる週末「日差しが強くて乾燥しているから、気が付くと脱水症状になる」と、あるチームスタッフからアドバイスをもらいました。確かに、ただ歩くだけで体から水分が抜けてしまうのではないかと思うような気候なのです。
このサーキットでロードレース世界選手権が開催されたのは1987年が最初です。シーズンの中でも複数回(2023年シーズンはヘレス、カタルーニャ、バレンシアの3回)のグランプリが行われるスペインの中でも、ヘレスは観客の盛り上がりや盛況な様子がとくに印象にあり、今回初めてMotoGP取材のために足を運んだ私にとって、ヘレスは「ぜひとも行きたいグランプリ」のひとつでした。

レースファンの盛り上がりを感じる前の木曜日、まだ静かなヘレス・サーキットのコースサイドをぐるりと歩いていると、いたるところにモニュメントが設置されていることに気が付きます。数々のモニュメントを見るだけでも、ライダーへのリスペクトが感じられました。
私が見つけられただけでも、ホルヘ・マルチネス、アンヘル・ニエト、アレックス・クリビーレ、それからフェラーリの跳ね馬のモニュメントなど。コースサイド以外にも、エントランスにはアンヘル・ニエトの巨大な銅像が飾られていて、フォトスポットになっていました。そしてパドックには1993年に同地で亡くなった若井伸之選手のフラミンゴ像があり、訪れると、大きな花束が供えられていました。
日曜日のレース前、メディアセンターのあるパドックから出てみました。サーキット内の歩道脇では家族連れが持参したらしいサンドウィッチをほおばり、友人で来たらしい数人のグループはパラソルを開いて座る場所を確保しています。なんだかピクニックみたいな雰囲気。けれど穏やかなばかりではなく、これから始まるエキサイティングなレースへの抑えきれない期待感も含まれているようでした。

ヘレスの観衆の熱気に、知らず私の心も高ぶります。そんな雰囲気の中を足早に歩きながら、エントランスの前に設置されているバイクの駐輪場へと向かいました。ヘレスに来たからには見てみたいと思っていた場所のひとつなのです。
そこは「バイクの海」でした。これほど大きなバイクのための駐輪場も、これほどたくさんのバイクがひとつの場所に集まっていることも、見たことがありません。出入口らしきところが遠目に見えています。とてもじゃないけど、歩いてすぐに着ける距離ではなさそう。スポーツバイクはもちろん、様々な車種が眼前に一堂に会していました。
レースの時刻が近づくと、観衆の盛り上がりはさらに増していきました。メディアセンターの2階から見ると、客席やコースが見下ろせる丘を観客が埋めているのがわかります。そして、カラフルな日除けの傘がその人波を彩っていました。観衆のレースに向けた興奮は、距離を隔てた私にまで伝わってきました。スペインはモータースポーツが人気で……そんな言葉だけの知識は思い浮かぶこともなく、胃のあたりがぎゅっと熱くなるのを感じます。それは、脳に鮮明なあとを残す光景でした。

レースを観戦して味わえる面白さというのは、こういうことかもしれない。世界最高峰のライディングテクニックを持ったライダーと、最先端のテクノロジーが詰まったバイクによって争われるエキサイティングなレース。けれど同時に、それを見るために足を運び、その場の空気、興奮をお互いにシェアするからこそ、レースの魅力はより高められるのかもしれない……ヘレスの空気を吸いながら、そう感じました。この熱い雰囲気もまた、ヘレスを特別なグランプリにしているのかもしれない……と。