真夏のイベント耐久レース『2023もてぎ7時間耐久ロードレース』に参戦した「KAWASAKI Team31」。なんとチーム監督はカワサキモータースジャパン社長の桐野英子さん! どうしてそうなった!? 桐野監督の采配は? 真剣な「レース遊び」は、こういうモノ!?
『もて耐』に出よう! ……で、監督は桐野社長!?
夏真っ盛りの7月末、モビリティリゾートもてぎにて、“誰もが参加できる世界最大の草レース”がコンセプトの『2023もてぎ7時間耐久ロードレース』(以下、もて耐)が開催され、筆者(ライター:伊藤康司)は「KAWASAKI Team31」というチームにピットクルーとして参加しました。

ライダーは1993年世界GP250ccチャンピオンの原田哲也さん、現在は「トリックスター」のスタッフで2015年アジアロード選手権AP250チャンピオンの山本剛大さん、レースやカスタムのFRP&カーボン外装パーツの老舗「マジカルレーシング」の代表である蛭田貢さん、レーシングパーツやウエアなど海外有名ブランドを取り扱う「モトサロン」代表の岡正人さん、モーターサイクルジャーナリストの小川勤さんの5名です。

錚々たるメンバーですが、かねてから御年71歳の蛭田さんを中心に、原田さんと小川さんはイベントレースに参戦する、いわゆる「バイク仲間」です。マシンはカワサキの「Ninja ZX-25R」で、こちらもいつもレースでお世話になっている千葉の「MSセーリング」の竹内さんに作ってもらいました。
そしてチームの監督は、なんとカワサキモータースジャパン社長の桐野英子さんが務めることに! いきなり豪華というか、特別感マシマシですが……。
軽口から始まった、まさかの展開!
なぜ桐野社長がチーム監督を務めるに至ったのか? これには深いワケが……ではなく、バイク好きの心意気と企業トップの矜持が大きく関係しています。

今春3月の2023年大阪モーターサイクルショーのカワサキブースで、ジャーナリストの小川さんが、その場にいた桐野社長に「もて耐に僕らのチームで一緒に走りませんか?」と、無謀にも(?)声をかけたのがキッカケです。
桐野社長が無類のバイク好きであり、革ツナギも所有していることを知っていた上での声がけですが、なんと桐野社長は「良いですね〜」と即答!
……ですが、後日カワサキモータースジャパンの広報部から「走行はちょっと……」と連絡がありました(当然といえば当然)。ところが「でもNinja ZX-25Rを盛り上げたいし、もて耐にも何かしらのカタチで関わりたい、と桐野は言っています」とのこと。
そこで小川さんが「監督としての参加は?」と提案すると、即座に折り返し連絡がきて、監督を承諾して頂いたのです。
ちなみに、今回ライダーに加わったトリックスターの山本さんは、桐野社長の「バイクのコーチ」であり、桐野社長の紹介でのメンバー入り。これでZX-25Rの最速ラップをモノにできるかも、と期待が膨らみます。
いよいよ始まった「もて耐ウィーク」
2023年のもて耐は、7月28日(金)が特別走行&受付・車検、29日(土)が公式予選と3時間耐久レース、30日(日)が7時間耐久の決勝レースというスケジュール。
じつは「KAWASAKI Team31」のメンバー(ライダー、ピットクルーおよびチーム員)は、かねてからのバイク仲間ではありますが、居住地は関東・関西とバラバラで(原田さんはモナコ在住)、全員が顔を揃えたのは28日(金)の朝が初めて。そして桐野社長は(運転手付きの社用車ではなく、空港からレンタカーを借りて自ら運転して)同日午後に合流し、ある意味でココからが本格的なスタートです。

練習走行でマシンのセットアップを行なったり、各ライダーのタイムや燃費を計測するなど、やるコトは盛り沢山。草レースとはいえ「レース慣れ」しているチームならすでに揃っている様々なデータを、私たちのチームはここで集めて決勝レースのスティント(ライダーの走る順番や周回数、給油などのピットタイミング)を決める材料にします。
さて桐野“監督”ですが、この記事を読んでいる人の中には「有名人を据えたお飾り、アイドルの一日警察署長みたいなモノでしょ」と思っている方もいるのではないでしょうか? ところがところが……。
遊びだからこそ、ルールも厳しい!
現在のもて耐は、4ストローク250ccのバイクが参戦でき、気筒数や水冷・空冷、改造の度合いなどでクラスが細分化されています。そしてレースのレギュレーションとしての大きな特徴が「1回の給油量とピットの滞在時間」です。

少し詳しく解説すると、レースのスタート時は燃料タンクに満タンでOKですが、その後のレース中の給油は、主催者から貸与された専用の給油缶を使い、一度に5リットルしか給油できません。
また給油時は、参加クラスによって2分、3分、4分といった具合にピットの最低滞在時間が定められています(違反するとペナルティ)。これはエンジンの種類や改造度による公平性を保つのと、チームによる給油装置などの機材の差異や安全性を確保するためのルールです。
他にもライダーのライセンス(国際ライダー、国内ライセンス)によって連続走行時間や走行回数、休憩時間なども定められています(これも違反するとペナルティ)。なので、もて耐は草レース、遊びのレースではありますが、ライダーの走行順や周回数、燃費を元に給油のタイミングなどをキッチリ考える必要があり、単に速いライダーがバンバン走るだけでは上位入賞はおろか、ガス欠して完走できないケースも少なくありません。

そこで、決勝レース前にはスティント表を作成します……が、ここで桐野監督は小型電卓を猛烈なスピードで叩き、ライダーのタイムや予想される燃費から周回数を弾き出していきます。これにはチーム員みながあ然……。
じつは事前に叩き台となるスティント表を作っておいたのですが、瞬時に再計算して「ココはもっと攻められる(周回数を増やせる)のでは?」とか「ココはガス欠の危険があるのでは?」と、バンバン見直していきます。

ここで凄いな〜と感じたのが、「攻めるけれど無用なリスクは冒さない」ところ。たとえば私たちのチームはチャンピオンライダーの原田さんや山本さんが多く周回すればタイム的に有利なのは事実ですが、周回数が増えれば燃料もたくさん使用してガス欠の危険があるし、あまり欲張ると連続走行時間を超えてペナルティを受けるかもしれません。その辺りの配分が難しいのですが、桐野監督はできるだけ攻めたスティントを考えながらも、ガス欠やペナルティの危険がある「賭け」には出ません。
当然かもしれませんが「大企業のトップは流石だな〜」と感じました。
桐野監督、猛烈に動く!
そして迎えた30日の決勝レース。桐野監督は監督チェアに座って指示を出し……ではありません。本来、耐久レースはピットクルーにサインマン、ヘルパーと相応に人員が必要ですが、前述したように「KAWASAKI Team31」は、「たまに草レースに集まるバイク仲間」なので、メンバーの人数はかなり少な目。そのため皆がいろいろ兼務します。
桐野監督はピット滞在時間のタイムキーパー(すごく重要。最低滞在時間を違反するとペナルティあり)を務めながら、停車中のエンジン冷却(ラジエターを霧吹きで冷却)や、給油中の消火器も担当。これらはピット作業に含まれるのでピットクルーライセンスが必要ですが、桐野社長はちゃんと取得しています(なぜ持っているんだろう?)

そして決勝レースがスタート! 30日は特別走行や予選のあった28、29日を超える猛暑。じつはレースやサーキット走行だと気温が低い方がエンジンが良く回るため燃費が落ち、反対に気温が高いとエンジンが回りにくくなる分、燃費が向上します。
スタートライダーの山本さんが2分13秒744のベストラップを刻んでピットが湧く中、桐野監督は電卓を叩いて使用燃料量の予測に余念がありません。そして山本さんがピットイン、給油して原田さんに交替すると、予測した燃料使用量(すなわち燃料タンク残量)と5リットルの給油量を元に、すかさず原田さんの周回数の修正を提案してきます。

じつはレース前にしっかり作成したスティント表も、あくまで「予定」に他なりません。今回のように気温で燃費が変化することもありますが、コース上のクラッシュ等でセーフティカーが出るとラップタイムはグンと遅くなり、やはり燃費も変化します。それらを判断して、ゴールに向けて最も効率的に走り切れるように、つねに周回数やスティントを調整・変更する必要があるからです。

実際に私たちのチームも11回ピット&11回給油を行なう作戦を、途中で山本さんと原田さんの1走行で周回数を増やすことで9回ピット&8回給油作戦に変更しました。これが可能になったのは、ライダー交替の給油ごとに、桐野監督が計算と予測で細かな修正を加えたからに他なりません。この管理能力の高さは……恐るべき、然るべき、ですね!
そしてレースは、無事完走!
「KAWASAKI Team31」は7時間で150周を走り、42位でチェッカーを受けました。順位としては微妙だけれど、レース前に作ったスティント表では151周する予定だったので、1周足らずでゴールできたのはかなりの精度でレースを進められた証と言えます。

そして桐野監督はゴールライダーを務めた蛭田さんがチェッカーを受けたのを確認すると、翌日は早朝から会議があるからと「桐野社長」に戻ってサーキットを後にしました。
もちろん帰路も、自らハンドルを握るレンタカー。私たちの目に映ったカワサキモータースジャパンの社長はこんな人でした。かなりカッコ良くないですか?