レーシングドライバーの木下隆之さん(筆者)は、かつてホンダがリリースしたふたつの「ビート」を思い出すと、内燃機関からの決別は懐疑的だと言います。どういうことなのでしょうか?

“レース屋”ホンダ、高回転エンジンの美学(?)

「ホンダ」、「ビート」とキーボードを叩いてネット検索すると、クルマとバイク、ふたつの「BEAT(ビート)」が表示されます。1991年に誕生したクルマの方の「ビート」は、軽自動車としては稀なオープンカーでした。直列3気筒のNA(自然吸気)エンジンを搭載し、そのパワーユニットをミッドシップにレイアウトしていたことにも驚かされます。

1991年に登場したホンダ「BEAT(ビート)」は、軽自動車初の2シーター・ミッドシップ・オープンカー
1991年に登場したホンダ「BEAT(ビート)」は、軽自動車初の2シーター・ミッドシップ・オープンカー

 軽自動車の規定では、排気量は660cc未満でなければなりません。最高出力は業界の自主規制により64psと定められています。ですから、軽自動車を生産する各社はミニマムな排気量で自主規制枠ギリギリの64psを絞り出すためにターボチャージャーを組み込んでいましたが、「ビート」はその助けを借りずに達成していたのです。

 ターボチャージャーではなく「NA(ノーマル・アスピレーション)」で64psを達成するのは容易ではありません。「ビート」ではそれをマルチスロットルという特殊な吸気システムを組み込むことで達成していました。エンジンの高回転域で、いわば無理矢理にそのパワーを引き出していたのです。

 3連スロットルというレーシングエンジン並みの機構も採用していました。8500rpmという高回転特性だったのは、バイクメーカーでもあるホンダの技術があったからだと、僕(筆者:木下隆之)は考えます。

 しかもそれを、コクピットの背後にミッジシップマウントしていたのです。それは、ホンダが“レース屋”でもあるからではないでしょうか。

「高回転NAエンジン+ミッドシップ+オープン」

 まさにホンダが伝統的にこだわってきた、フォーミュラ1のようなスタイルです。

 したがってそれはとても元気な走り方をしました。さすがにターボエンジン車には加速で劣りましたが、コーナリングは際立っており、ワインディングを軽快に駆け抜けたのです。

「峠の下りでは最速」

 そんな褒め言葉のような、ディスられている(?)ような言われ方もしていました。

 残念ながらデビューからわずか5年、1996年に生産は終了しましたが、ホンダという会社がガソリンエンジンに関してただならぬ思い入れがあることを、まざまざと見せつけてくれたのが「ビート」だったのです。

 一方で、ホンダは軽自動車の「ビート」を発売する8年前の1983年に、原付スクーターの「ビート」をローンチしています。

バイクの方の「ビート」とは……?

 排気量49ccの水冷2ストローク単気筒エンジンを搭載していたバイクの方の「ビート」は、そのエンジンがまた強力で、最高出力は7.2psを炸裂させていました。現在のホンダ「タクト」は49ccで最高出力が4.5psですから、どれほど強力だったかが想像できます。

1983年に発売されたホンダ「BEAT(ビート)」は、世界初の水冷2ストロークエンジンを搭載した50ccクラスの原付スポーツスクーター。その際立つスタイリングは現在でも斬新に目に映る
1983年に発売されたホンダ「BEAT(ビート)」は、世界初の水冷2ストロークエンジンを搭載した50ccクラスの原付スポーツスクーター。その際立つスタイリングは現在でも斬新に目に映る

 特殊な排気デバイスを採用しており、デュアルチャンバーとしていたのです。サブチャンバーは低速トルクのため、メインチャンバーは高回転用、しかもその切り替えは、ライダーがペダルを踏み替えて選択するというものです。

 メーター内にはメインチャンバーとサブチャンバーの出力特性を表す性能曲線が描かれていました。高回転型にチャンバーをセットすると、赤ランプが点灯する仕掛けです。

 軽自動車の「ビート」は660ccという排気量枠の中で特殊な吸気システムを採用し、64psを絞り出しました。バイクの「ビート」は2タイプの排気チャンバーを切り替えることで、原付50cc枠の頂点を極めたのです。いやはや、ホンダは高回転エンジンに美学を抱くメーカーのようです。

 近い将来、ホンダは内燃機関から決別すると公表していますが、こんなふたつの「ビート」を作ったメーカーが、本当にガソリンエンジンから離れることができるのでしょうか? 軽自動車とバイクの「ビート」を思い出すと、それには懐疑的な気持ちになってしまいます。