ゲームセンターという業態は、心ない一部の人々から「オワコン」と呼ばれてしまうような状況に陥っているが、本当にゲームセンターはこのまま“終わってしまう”のだろうか。

 確かに一昔前はターミナル駅の近辺や国道のロードサイドを中心に、大小のゲームセンターがひしめき合っていたが、ここ最近はその姿を減らし、残っている店舗も客数がまばらな印象だ。しかし、2008年頃まではショッピングセンターなどに入る大型店舗は増加傾向にあった模様。また、ここ数年は市場規模の縮小に歯止めがかかっており、わずかながら上昇に転じているというデータもある。

 ゲームセンターは本当にこのままオワコン化してしまうのか、それとも復活の兆しがあるのか。今回は、ゲームセンターの店長などを務め業界の現場を約6年間経験し、現在はゲームメディアのライターとして多くの著作を執筆している、日本デジタルゲーム学会ゲームメディアSIG代表・鴫原盛之氏に話を聞いた。

ここ30年で店舗数は8割減、だが最盛期は意外と00年代?

「ゲームセンターのくくりや定義は定めづらいんです。そもそもの始まりは、デパートの屋上に設置してあった遊具の一環であり、喫茶店などにおいてあったピンボールなどのフリップゲームに人気が集まり、そうした筐体を多数設置するようになっていった流れにあります。デパート屋上や喫茶店なども広義の意味でゲームセンターとすることもできますが、今回はいわゆるビデオゲームなどを多数設置し、そういったビデオゲームをメインコンテンツとした商業施設を『ゲームセンター』として、話を進めたいと思います」(鴫原氏)

 では現在のゲームセンター業界はどうなのか。業界下降の現状は、店舗数の面から見ると顕著だという。

「1985年に施行された改正風営法で営業許可を受けた店舗数を比較すると、風営法制定から4年後の89年には2万1929店舗ありましたが、2017年には4381店舗に激減。約30年間の間に5分の1にまで減少してしまっており、これは主に小型店舗の淘汰が進んだと考えられます。

 ちなみにゲームセンター業界は、大型スーパーマーケットの登場で小さな商店街が危機に陥った現象とは構造が異なります。まず、ゲームセンター業界は同業者間の価格競争がほぼ起きない業態ですので、大型店舗だからお得だということはありません。そして、そもそも駅前の雑居ビルなどを主戦場とする小型ゲームセンターと、郊外などで大人数の集客を狙う大型ゲームセンターではターゲトが違いますので、お客さんを奪い合っていたということもないのです。つまりどちらも等しく、時代と需要の変化にさらされており、体力のある大型店舗のほうがわずかに倒れるのが遅いというだけで、危機的状況であることに変わりはないのです」(同)

 約30年前と比べると2割程度の店舗数しかないことを考えると、業界全体が右肩下がりであることは否定できないだろう。

「店舗数が一番多かったのは1990年代。ビデオゲーム全盛期の1990年代は、街のいたるところに小型のゲームセンターが乱立していましたよね。しかし、意外に思えるかもしれませんが、売上面での最盛期はそれよりもあとの2006年なんです。『アミューズメント産業界の実態調査報告書』によると[t1] 、2001年から2006年までの間に7311億円から9263億円と、約2000億円も市場規模が拡大しています」(同)

 2008年頃までは大型店舗は増加傾向にあったというデータもある。00年代後半まではゲームセンター業界は活況だったようだ。

市場規模ピークの06年から4年で急落、何が起こったのか

 そんなゲームセンター業界だが、10年を境にその売上が急激に落ち込んできたという。

「市場規模がピークだった2006年からわずか4年後の2010年には、約2500億円ものマイナスに転じているのです。一体何があったのか、その原因はケータイでどこでも遊べるソーシャルゲームの台頭でしょう。『グリー』や『モバゲータウン』などが配信する人気ソーシャルゲームの登場で、ゲームセンターは一気に人気が下降。わざわざゲームセンターまで出向いてゲームをするという感覚が、この頃を境に激減してしまったんです」(同)

 ソシャゲの台頭が大きな理由だと語るが、遠因はほかにも多いと鴫原氏。

「かつてはゲームセンターに置いてあるビデオゲーム筐体のほうが、家庭用ゲーム機よりも高性能だったのですが、プレイステーションやセガサターンが登場した1994年頃からその優位性が失われていったのです。

 例えば、スーパーファミコンで『ストリートファイターⅡ』が登場したときも、クオリティーは落ちるけど家でスト2ができる――という理由でヒットしていたんです。つまり“一番いいゲーム体験ができるのはアーケード”という認識が根強いものでした。ですがプレステやセガサターン時代、その後継機のプレステ2やドリームキャスト時代には、家庭用ゲーム機とアーケードゲーム機のクオリティーの差が徐々に縮まっていったのです。ゲームセンターにわざわざ足を運ぶ意味が、少しずつ失われていったといえるでしょう」(同)

 ではなぜ、06年に市場規模の最盛期を迎えられたのだろうか。それは、ゲームセンターでしか体験できないゲームの登場が関係しているそうだ。

「太鼓とバチが導入された体験型リズムゲームである『太鼓の達人』(01年稼働開始)、業界初のリアルタイムオンライン対戦が可能となった『麻雀格闘倶楽部』002年稼働開始)、小学生に爆発的人気を博したトレーディングカードアーケードゲーム『甲虫王者ムシキング』(03年稼働開始)といった、ゲームセンター発のヒットゲームが登場し、大ヒットとなりました。

 これらのヒットがあったからこそ、10年の『グリー』や『モバゲータウン』の台頭まで、ゲームセンター業界がたえられたのでしょう。ただ悲しいかな、こうしたヒット作はブームが去ってしまえばそれまでで、業界全体の下降の根本的歯止めにはなりませんでした。また、ゲームセンターの収益の柱は、もうずっと以前からビデオゲームよりもプライズやメダルゲームです。プライズやメダルゲームはケータイだけでは遊べませんが、ビデオゲームの場合はケータイでも比較的似たようなゲームが遊べてしまうため、ビデオゲームに依存した店舗はどうしても経営が苦しくなります」(同)

eスポーツをゲームセンター業界の起爆剤にできない理由

 そんなゲームセンター業界だが、近年盛り上がり、急激に普及し始めている話題のeスポーツ需要を取り込むなどの秘策はないのだろうか。

「実に残念なことなのですが、ゲームセンターでeスポーツ大会を開催することが、かなり困難なのです。風営法で『遊技の結果に応じて賞品を提供してはならない』といった定めがあり、賞金をかけた大会を催せないからです。また、入場料を取ってそれをプレイヤーの賞金に充てようとしても、景品表示法で引っかかってしまうというジレンマもあります。ゲームセンターと関係のない第三のスポンサーを立てて主催してもらい、ゲームセンターで賞金付きのeスポーツ大会を開催するということも可能なのですが、それではゲームセンターの大きな収益につながるスキームができるかどうかも未知数です」(同)

 では、ゲームセンター業界はこのまま凋落していくのか。

「ゲームメーカー側が発表する新作の数は落ちてきていますし、ゲームセンター業界の経営努力も限界にきている節があります。今のままでは、復活の狼煙を上げることなく、このまま緩やかに右肩下がりを続けていくのではないでしょうか」(同)

 ゲームセンターという業態はこのままオワコン化が進むのかもしれない。しかし、ゲームセンターで培われていたゲーム対戦カルチャーや、その対戦により生まれたコミュニケーションは、近年、普及が進むeスポーツが文化として引き継いでくれるのではないだろうか。

(文=A4studio)