10月6日、東芝が40.2%株式を保有する半導体メモリ大手のキオクシアホールディングス(キオクシア、旧東芝メモリ)が東京証券取引所に上場する予定と発表した。ここでの重要ポイントは、キオクシアが上場によって資金調達力を引き上げ、その上で設備投資や研究開発体制を強化することができるか否かだ。

 新型コロナウイルスの発生をきっかけに、世界全体で医療やITの先端分野を中心に最新の技術を生み出す企業の力の重要性が高まった。企業が技術力を発揮して長期存続を目指すためには、資金調達を行い、研究開発や生産の体制を拡充することが欠かせない。国際競争の激化とともに、資金調達と設備投資の規模は増大傾向にある。

 キオクシアの経営陣は、上場を通して利害関係者とより強固な信頼関係を築かなければならない。その上で、経営者は迅速な意思決定を行って国際競争に対応できるだけの資金調達を行い、それを設備投資などに回す体制を確立する必要がある。それが進むか否かは、同社だけでなく、主要株主である東芝の事業運営にも無視できない影響を与えるだろう。

メモリ需要の拡大が支えるキオクシア上場

 キオクシア上場の背景の一つに、できるだけ高い価格で保有株式を売却して経済的な利得を手に入れたいという東芝などの株主の意向がある。現在のキオクシアの事業環境は、東芝などがより高い価格で保有する株を売却するチャンスだ。なぜなら、近年、メモリを中心に世界の半導体需要が拡大したからだ。

 その背景には、複数の要因がある。5G通信網の整備はメモリ半導体への需要を押し上げた。また、新型コロナウイルスの感染発生を境に、世界経済のデジタル化が加速化した。テレワークの普及などによってサーバーなどに用いられる半導体需要は増えた。それがキオクシアの収益を支えた。

 また、IT先端分野を中心とする米中の通商摩擦の激化も、キオクシアにプラスに働いた部分がある。5G通信機器などの大手企業である中国のファーウェイは、米国の制裁を回避して半導体の在庫を確保しようと奔走した。その結果、2019年にファーウェイが日本企業から調達した金額は、前年から5割増の約1.1兆円に達した。そのほか、台湾のTSMCや韓国のサムスン電子などの業績もファーウェイ向けの出荷増によって拡大した。

 それは、米トランプ政権によるファーウェイへの制裁強化がもたらした駆け込み需要と言い換えられる。9月半ばには、TSMCが米国の意向に従ってファーウェイへの出荷を止める予定だ。サムスン電子なども米国の意向に従うだろう。その結果、半導体製造能力が十分ではないファーウェイの成長性は鈍化するだろう。それは、IT先端分野における中国企業の成長が一時的に穏やかになる可能性と言い換えられる。それによって、世界的に半導体需要には下押し圧力がかかりやすい。サムスン電子やSKハイニックスなど、メモリ半導体を手掛ける大手企業とキオクシアの競争は激化するだろう。

 以上のように考えると、現在の経済環境は東芝がキオクシア株を売却し、手元の資金を確保したり、株主への価値還元を進めたりすることによって利害関係者の理解と支持を得るために重要だ。

キオクシアを取り囲む競争環境の激化

 見方を変えれば、キオクシアの競争環境が激化する前に東芝は株式を売却して利得を確保したい。半導体産業において、台湾や韓国、さらには中国の民間と国有・国営企業はより有利な技術を確立しようと必死だ。競争環境の激化にキオクシアは対応しなければならない。

 台湾のTSMCは米国政府の補助を取り付け、米アリゾナ州に120億ドル(約1.26兆円)規模の半導体工場を建設する計画だ。また、TSMCは、台湾国内で最先端の5ナノメートルの先を行く2ナノメートルの半導体製造ラインの確立を目指している。そのための工場用地の取得などにかかる金額は、2兆円程度に達するとみられる。昨年末、韓国サムスン電子は中国での事業体制強化に向け1兆円規模の設備投資を表明した。また同社は5ナノメートルの生産ラインを用いた増産に向けて投資を強化している。

 米国の制裁強化に直面する中国企業は、共産党政権の支援を取り込んで米国の圧力を跳ね返そうとしている。共産党政権は、補助金政策をはじめとする国家資本主義体制を強化し、自国の半導体受託製造大手の中芯国際集成電路製造(SMIC)の“科創板”上場を支援し、さらには法人税の減免措置も実施する予定だ。また、政府からの土地供与などを受けることによって中国企業は主要先進国の企業よりも固定費を圧縮できる。それは中国企業の競争力向上に無視できない影響を与える。そうした取り組みに支えられ、メモリ半導体分野では中国の長鑫存儲技術(CXMT)が独自のメモリチップを開発し、製品化を実現した。

 キオクシアを取り巻く競争環境は、秒進分歩の勢いで激化している。さらに、半導体の専門家の中には、TSMCやサムスン電子がしのぎを削るチップの微細化技術に関して、追加的な消費電力削減などが容易ではないと微細化の限界を指摘する者もいる。

 過去の技術革新を振り返ると、変化は既存のトレンドの延長線ではなく、非連続的に起きた。さらに、その変化のスピードは速まり、影響の度合いも大きくなっている。そう考えると、今回の上場をどのようにして技術開発力の強化につなげるか、キオクシアは重要な局面を迎えた。

競争力向上に欠かせない設備投資の強化

 さらなる成長の実現に向けて、キオクシアは継続的に資金を調達し、設備投資を行って研究開発体制や製造体制を強化し、新しい技術を連続的に生み出さなければならない。そのためには、同社のトップが上場をきっかけにして利害関係者とのより強固な信頼関係を構築することが不可欠だ。それが、海外勢に劣らない規模での資金調達を支え、迅速に、成長期待の高い分野に資金を投じて研究開発の体制や生産能力を強化することにつながる。利害関係者との関係強化には、経営者がより長期かつ明確な視点で事業戦略を提示することも不可欠だ。

 言い換えれば、経営者の意思決定の重要性は高まっている。その理由として、世界経済の不確定要素の増大がある。新型コロナウイルスの影響によって世界経済は低迷している。それに加えて米中対立の先鋭化の影響も大きい。米国は世界の覇権国の地位を守るために、中国を世界のサプライチェーンから分断し、孤立させたい。その一方で、中国は世界最大の流通市場だ。日本企業が収益を獲得するために、中国市場へのアクセスの有無は死活問題だ。日本企業に求められることは、米国の意向に配慮しつつも、米中の双方から必要とされる知的財産や技術を確立し、自力で市場を開拓して需要を取り込むことだ。

 以上のように考えると、キオクシアが成長を実現するために、経営者は組織内外に成長期待の高い分野や技術を明確に示して賛同を取り付け、資金調達を行って設備投資を強化しなければならない。それが同社の今後を分けるといっても過言ではないだろう。

 10月の株式上場によってキオクシアが新規に調達する自己資本は850億円程度にとどまる模様だ。その調達額で台韓中などとの競争に対応することは難しい。上場を足場にして経営陣が設備投資強化に向けた確固とした事業運営体制を整えることは喫緊の課題だ。また、半導体事業を外だしした後、キオクシアの主要株主である東芝は成長事業を確立しきれていない。そう考えると、東芝にとってもキオクシアが設備投資を強化し、着実に技術面での競争力を発揮できるか否かは無視できないポイントといえる。

(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)