日本経済団体連合会(経団連)会長で東レ相談役最高顧問の榊原定征氏は、1月1日付日本経済新聞の年頭インタビューで、安倍晋三首相の政権運営について「民主党政権時代と比べ相当な部分が改善した。これは素直に評価すべきだ」と述べた。

 具体的には法人実効税率の20%台への引き下げ時期を早め、2016年度の実現を決めたことや、環太平洋経済連携協定(TPP)交渉の大筋合意、中韓両国との関係改善などを成果として挙げた。17年4月の消費税率10%への引き上げを控え、名目で3.1%の経済成長率を「是が非でも達成しなければならない」とした。法人税実効税率は、現行の32.11%から29.97%に引き下げられる。黒字の大企業に有利な政策だ。

 榊原氏が経団連会長に就任したのは14年6月。真っ先に手掛けたのは自民党への政治献金の再開だった。経団連は09年10月以降、政治献金への関与をやめていたが、14年9月に再び加盟企業へ政治献金を呼びかけることにした。

 14年、自民党の政治資金団体「国民政治協会」への企業・団体献金総額は前年比13.3%増の22億1312万円で、5年ぶりに20億円を超えた。献金額の上位にはトヨタ自動車(6440万円)、東レ(4000万円)、キヤノン(同)、住友化学(3600万円)、新日鐵住金(3500万円)、東芝(2850万円)など歴代の経団連会長を輩出した企業が並ぶ。

「大企業が自民党への政治献金を増やした見返りに、16年度税制改正大綱で法人税減税が盛り込まれた。あまりにも露骨な取引」(経済記者)との批判もある。

 アベノミクスを批判した前会長の米倉弘昌氏(住友化学相談役)が安倍政権と距離を置いたこともあり、榊原氏には政府・自民党との関係改善に努める姿勢が目立つ。そんな榊原氏を「安倍さんの『使用人』」(経団連元首脳)と揶揄する声もあるが、前出・年頭インタビューで「政権と近すぎる」と指摘され、「今は平時ではなく戦時だ。当然、政治と経済が一緒になって危機から立ち直る時期だ」と反論した。

●経済界からも異論続出

 榊原氏が「安倍政権にベッタリ」との批判を浴びたのは、15年11月26日に開かれた政府との「官民対話」の場で賃上げと設備投資を約束したことだ。安倍首相は、「新3本の矢」で名目GDPを600兆円まで増やす目標を掲げた。現在から増加分の110兆円を20年度ごろまで積み上げるには、年3%超の賃上げが必要になると政府は考えている。

 だが、中国経済の減速で企業の収益力は弱まっており、賃上げを求める連合の要求基準すら2%程度にとどまっている。榊原氏は安倍首相の要請を受け、賃上げについて「3%を意識しながら、今年(15年)を上回る水準を期待すると(会員企業に)呼びかけたい」と明言。設備投資については、法人税減税や規制改革が進めば「いまは70兆円の設備投資額を18年度には10兆円ほど増やせる」との見通しを示した。これに対し安倍首相は、「GDP600兆円の達成に必要な設備投資を今後3年間で実現する魅力的なものだ」と高く評価した。

 一方、経済同友会代表幹事の小林喜光氏(三菱ケミカルホールディングス会長)は「(賃上げは)各社各様でいい」、日本商工会議所会頭の三村明夫氏(新日鐵住金相談役名誉会長)も「設備投資は企業経営者が個別に考えるもの」と発言している。賃上げや設備投資に政治は介入すべきではないというのが経済界の一致した見方だ。経団連の満額回答に経済界は冷ややかだ。

●三井色が強まるのか

 榊原氏は米倉氏の後任として経団連会長に就任した。最有力の後継候補だった日立製作所会長(当時)の川村隆氏(現相談役)が断ったため、米倉氏はやむなく榊原氏の起用を決断した。

 榊原氏の出身母体である東レは炭素繊維で世界首位だが、年間売上高2兆円規模の企業出身者が経団連会長に就任するのは異例のこと。財界活動をするには、カネとヒトが必要になる。政治献金ひとつとっても、会長の母体企業が多額の献金をして、会員企業に範を示さなければならない。政治献金に無縁できた東レが巨額の政治献金をしたのは、経団連会長になったからにほかならない。財布になる覚悟がなければ、財界トップは務まらない。

 さらに問題なのはヒトだ。電力、鉄鋼、銀行などは、長年にわたり培ってきた財界や政界、官界との人脈ネットワークを持つが、東レはこうした面で弱い。「榊原氏は経団連会長に就任した時、手足となって動く手駒を持っていなかった」(財界筋)。そのため、榊原氏が最も頼りにしたのが、同じ三井グループの経団連副会長の面々だった。

「榊原氏が無理を言える数少ない経団連人脈は、三井物産会長の飯島彰己氏(経団連副会長)と三井不動産会長の岩沙弘道氏(元同副会長、現審議員会議長)の2人だけだ」(経団連幹部)

 今春の経団連副会長人事では、三井グループの会長・社長を優遇するといわれている。経団連会長と審議員会議長、さらに三井グループの副会長が複数生まれれば、経団連は三井色が強まることになる。
(文=編集部)