2050年までの温室効果ガス排出量ゼロに向けた日本政府の実行計画で、排出量に応じて価格を付ける「カーボンプライシング(CP)」の導入をめぐり、産業界では賛否が割れている。経団連の中西宏明会長(日立製作所会長)は昨年12月21日、オンライン記者会見でCPについて「拒否するところから出発すべきではない」と語り、導入検討に一定の理解を示した。

 経団連は19年秋に出した20年度税制改正への提言で、CPについて「経済活動と国際競争力の減退をもたらす」と主張。炭素税などの導入は「具体的な議論を始める段階とはいえず反対」としていた。だが、菅義偉政権が50年の温暖化対策ゼロ化に向けて動きだしたことを受けて、「一定の理解」を示したわけで、中西発言は波紋を描いた。

 経団連の首脳のひとりは「(中西発言は)あくまで議論や検討すべきだということで、CP自体を容認する意味合いではない」とクギを刺す。業界によっては「本末転倒」と断じる強い反対意見もある。

 中小企業で構成する日本商工会議所の三村明夫会頭(日本製鉄名誉会長)は「企業はすでに国際的にみて割高なエネルギーコストを負担し、高止まりする電力料金が経営に影響を及ぼす」として明確に反対の立場だ。

 経済同友会の櫻田謙悟代表幹事(SOMPOホールディングスグループCEO)は「CPを社会が受容するには、大きなハードルがある」とし、制度化は難しいとの立場だったが、「同友会は反対しない」に方針を転換した。「潮目が変わったと経済界の多くの人たちは受け止めている」と述べた。それでも経済・産業界全体では「経営への負担が大きい」としてCPの導入に反対の意見が根強い。

 国外に目を向けると様相は一変する。脱炭素への取り組みが遅れた企業を排除する動きは国際的に加速している。欧米では取り組み不足の国や企業の製品に課税する制度の検討も進んでいるという。温暖化は地球全体の問題であり、利益を優先させる企業が規制が緩い国に移って営業活動を続ければ効果が半減以下となる。

 排出抑制の有効的な手法として先進各国でCP導入が進むなか、日本もCPへの取り組みに関して避けて通れないところまできた。日本で産業界も納得できる制度設計ができるかどうかは、議論を主導する環境省、経済産業省が一枚岩となれるかどうかにかかっている。2月1日、環境省はカーボンプライスを検討する有識者会議を開き、CPに関する議論を再開した。「カーボンプライシング実現に一歩踏み出す前進の年にする」と意気込む小泉進次郎環境相が政治家として最初に迎える本格的な試練かもしれない。

トヨタ社長は苛立っている

 20年に世界で販売された新車の販売台数でトヨタ自動車(グループのダイハツ工業、日野自動車を含む)がドイツのフォルクスワーゲン(VW)を上回り5年ぶりに首位に返り咲いた。トヨタの世界販売台数は952万台。前年に首位だったVW(930万台)をおさえ、1位と2位が逆転した。

 しかし、トヨタの豊田章男社長に喜びはない。このところ苛立ちを募らせている、というのだ。昨年12月17日、日本自動車工業会の豊田会長のオンライン会見は、いつにも増して緊張感が漂っていた。

 会見の直前に、菅義偉政権が掲げた「2050年カーボンニュートラル(炭素中立、二酸化炭素の排出量と吸収量をプラスマイナスゼロにすること)に伴うグリーン成長戦略」を受け、その具体的指針として「30年代半ばに新車販売をガソリン車ゼロとする」との目安が示されたからだ。30年の新車販売の30〜50%は従来車(ガソリン車など内燃機関車)とされていたのに、一気に、向こう10年あまりでガソリン車が消えるシナリオへと一変した。

 記者の質問は脱炭素や電気自動車(EV)シフトに集中した。自動車業界では一貫して「電動化」という言葉が用いられてきた経緯がある。国内自動車業界が用いる「電動車」という言葉には、EVや燃料電池自動車(FCV)といったゼロエミッション車(CO2を排出しない車)だけでなく、エンジンも搭載するハイブリッド車、プラグインハイブリッド車なども含まれている。

 豊田氏は「販売される車をすべてEVに置き換えると、夏のピーク時の電力需要が急増し、原子力発電所約10基分が新たに必要になる」とした。豊田氏が苛立っているのは、脱炭素の本命とみなしているトヨタのFCVが伸び悩んでいるからだとされる。

 昨年12月9日、トヨタはFCV「MIRAI」の新型を発売した。世界初の量産型FCVとして誕生した「MIRAI」の6年ぶりのモデルチェンジである。水素搭載量を約20%拡大し、航続距離も延びた。吸入した空気をきれいにして排出する空気清浄システムを初搭載。排出ガスを出さない「ゼロエミッション」の先を行く、走れば走るほど空気をきれいにする「マイナスエミッション」という方向性を強く打ち出した。

 とはいっても、MIRAIには逆風が吹きつける。各国がEV購入に競うように補助金を出したことからEVの販売が世界市場で倍増した。EV市場では米テスラ社が先行し、中国勢やドイツ勢が、その後を追う展開。日本メーカーの存在感は希薄だ。時価総額で世界最大の米アップルがEVに本格参入すれば、世界の自動車業界の地図が一気に塗り替えられる、という指摘もある。

 つまり、脱炭素はEV一色。時代の最先端を走っていたトヨタのFCVの影は薄い。世界の潮流では、脱炭素の実現がグローバルビジネスの最低条件になりつつある。だが、日本の電源構成が劇的に変わることは期待できない。ということは、日本に生産拠点を持つ国内の自動車メーカーは圧倒的に不利な立場に立たされることを意味する。

 豊田氏が苛立ちを募らせるのには深い理由がある。

(文=編集部)