パナソニックの2021年3月期の連結決算(国際会計基準)は売上高が前期比11.9%減の6兆6000億円、営業利益は21.7%減の2300億円、純利益は33.5%減の1500億円の見通し。津賀改革の総決算というべき21年3月期決算の売上高は1996年3月期以来、25年ぶりに7兆円の大台を割り込む。津賀改革は新しい事業を生み出すことはなく、失敗に終わった。津賀一宏社長は6月に会長に退き、常務執行役員の楠見雄規氏が社長に就き、体制が一新される。

 パナソニックは7000億円を投じて米ソフト大手ブルーヨンダーを買収する方針を固めた。あらゆる現場の改善に役立つソフトウェアを獲得するのが狙いだ。ブルーヨンダーはサプライチェーン(供給網)の分野で人工知能(AI)を活用し、製品の需要や納期を予測するソフトウェアに強みを持つ。同社を表現するとき、「上流から下流まで、一気通貫にコントロールする」という言葉がよく使われる。部品や原材料を調達して工場で製品をつくり、運送会社が製品を運び、倉庫が保管し、小売店が製品を売る。ブルーヨンダーが得意とするのは、こうしたプロセス全体を管理するシステムなのだ。

 人間が商品を発注してきた英国のあるスーパーは、ブルーヨンダーのシステムに置き換え、注文の99%を自動化したという。ブルーヨンダーは米ベストバイ、ウォルマート、コカ・コーラ、キャタピラー、独メルセデス・ベンツ、英ユニリーバなど世界の3300社を顧客に持つ。

 もともとの社名はJDAソフトウェア。18年、AIを活用したサプライチェーン・マネジメントで優位に立つドイツ企業ブルーヨンダーを買収した。20年2月、JDAはブルーヨンダーに社名を変更した。M&Aでは、買収された企業が買収した企業の社名になるのが普通だが、買ったJDAが買われたブルーヨンダーに社名を変えた。ブルーヨンダーのシステムの将来性を高く評価したということだろう。

 パナソニックは、この管理システムに目をつけた。19年4月、ブルーヨンダー(当時の社名はJDA)と日本で合弁事業を始めることで合意。20年5月、ブルーヨンダー株式の20%を約8億ドル(約860億円)で取得すると発表した。パナソニックは取締役を派遣し、合弁会社を通じてブルーヨンダーの業務効率化のシステムを販売するほか、需要予測や在庫を管理する人員の最適化など、パナソニックの顧客企業向けの新たなサービスを共同開発した。

 ブルーヨンダーと資本関係の強化や協業拡大で一致したとみられている。米ファンドのブラックストーン・グループとニュー・マウンテン・キャピタルが残りの株式を保有していたが、2社が所有する全株式を買い取るため詰めの協議に入っている。

 パナソニックは当初から、ブルーヨンダーを完全子会社にすることを検討していた。しかし、パナソニックの経営陣の間に「ハードとソフトは世界が違う。うまくやっていけるのか」との慎重論が根強くあって、出資にとどめた。パナソニックはソフト企業の買収では、30年以上前に苦い経験をし、高い授業料を払ったからだ。

MCA買収の大失敗で7800億円をドブに捨てた

 1990年11月、松下電器産業(現パナソニック)が米ハリウッドの映画・娯楽会社のMCA(現NBCユニバーサル)の買収を発表した。買収額は約7800億円。日本企業として、それまでで最大の米国企業の買収となった。

 買収を決断したのは谷井昭雄社長(当時)ではなく、「経営の神様」と呼ばれた松下幸之助氏の娘婿の松下正治会長だった。幸之助翁が亡くなり、「松下電器の最高責任者は自分である」ことを誇示するために、全役員が消極的な反応を示すなか、正治会長がMCAの買収を決断した。ライバルのソニーが米コロムビア・ピクチャーズを買収して映画産業に参画したことに対抗する意識に突き動かされた。

 松下電器に映画会社を経営できる人材はひとりもいない。松下はコスト削減を徹底、1円の価値を大事にする会社だった。大作に100億円、200億円を投じるのが当たり前のハリウッドの文化とは水と油だった。結局、MCAの経営陣に、さんざんカネだけ巻き上げられ、95年、カナダ飲料大手シーグラムにMCAを売却して撤退した。MCA株の売却に伴い1600億円の損失を計上するというおまけまでついた。

 しかし、買収を決断した正治会長の責任は不問に付された。松下家の家訓では「失敗の責任は使用人に帰すべきもので、主が負うものではない」のである。MCA買収の失敗は「松下銀行」と呼ばれた松下電器の財務力が崩壊するきっかけとなった。パナソニックの経営陣はMCA買収の失敗がトラウマとなり、それ以来、ソフト企業の買収には慎重な姿勢をずっと貫いてきた。では、なぜ、ブルーヨンダーを買収するに至ったのか。

電気自動車テスラへの車載電池の供給は前途多難

 MCA買収失敗の反省から、津賀社長はモノづくりに回帰した。M&Aをテコに自動車や住宅関連といった戦略分野に経営資源を集中した。しかし、成長の柱に据えることを意図した一連のM&Aは不発に終わる。2016年、1800億円を投じ、スーパーやコンビニで使われる業務用冷蔵庫大手ハスマンを買収したが、具体的な相乗効果を見いだせてはいない。

 14年、サイドミラーで世界3位のシェアを持つスペインの自動車部品大手、フィコサ・インターナショナルに出資し、17年に子会社に組み入れたが、市況の悪化を受け、20年3月期に、のれん代の減損処理に追い込まれた。

 米電気自動車(EV)大手の米テスラ向けの車載電池事業は、北米工場での生産量の増加に伴う材料の合理化でコスト削減が進み、今期は通期で初めての黒字を確保できるという。テスラ事業の中心は米電池工場「ギガファクトリー1」で生産する製品で、テスラの主力の「モデル3」向けなどが業績を牽引している。

 それでも、洋々たる前途が開けているわけではない。テスラは22年にEV140万台に当たる100ギガワット時分の電池を自社生産する構想を持つ。「他の自動車メーカーに電池を供給し、EV基幹部品のプラットフォーマーを目指している」(米国の自動車アナリスト)。

 中国や韓国勢の脅威も増している。車載電池で世界大手の中国・寧徳時代新能源科技(CATL)や韓国のLG化学はテスラの中国工場に電池を納入しており、テスラが建設中の欧州工場にも電池を供給する可能性がある。

 パナソニックの車載電池はかつて世界シェアでトップだったが、20年は18.1%で第3位に後退。CATL(26.0%)とLG化学(23.3%)に水をあけられた。今後は中韓メーカーによる首位争いが激化するとみられている。

 パナソニックの車載電池に関しては、「2月に生産撤退を発表した太陽電池を連想させる」(外資系証券会社のアナリスト)といった厳しい見立てもある。津賀社長が力を入れてきたテスラ向けの車載電池の前途は厳しい。

 パナソニックの34ある事業部の大半は成熟事業だ。パナソニックの現下の課題は成長を担保できる、コアとなる新規事業の育成である。ブルーヨンダーを買収するのは、パナソニックの顧客となっている企業の現場の効率化を支援する事業であり、この分野を楠見・新社長が最重要と位置付けているからである。楠見新体制はハードとソフトの融合に再挑戦する。「ソフトとハードは根本的に違う。うまくやっていけるのか」(パナソニックの有力な元役員)と懸念は拭えていない。

(文=編集部)