川崎重工業が米国で展開する鉄道車両事業に懸念が生じた。米国運輸安全委員会(NTSB)は10月、首都ワシントンと近郊を走る地下鉄で使われている川崎重工業製の車両「7000系」に安全上の懸念があるとして本格的な調査を始めた。

 ワシントン発の報道によると、10月12日、ワシントン近郊で7000系車両が脱線し、車輪周辺の部品の故障が判明した。この事故で乗客1人が軽傷を負った。その後、同じ不具合が2017年から31件あったことが判明。さらに、今回の一斉調査で新たに21件が見つかり、少なくとも不具合は計52件に上っている。

 NTSBは「大惨事になっていたかもしれない」と強調。ニューヨーク市の地下鉄など川重製の車両を導入しているほかの交通機関にも「調査してほしい」と要請した。ワシントンの地下鉄は6路線あり、中心部と郊外の住宅地などを結ぶ。朝夕のラッシュ時には混雑するそうだ。7000系は故障続きだった欧州メーカーに代わって川重が受注し、2015年から20年までに748両を納入。全車両の6割を川重製が占めるようになった。川重製車両の不具合で大幅な減便となり、駅は通勤客でごった返した。

 ニューヨーク市交通局向けの地下鉄車両を納入するプロジェクトも今後本格化する。ベースとなる契約に加えてオプションが行使されると総数は1612両になる、大型商談だ。この報道を受け、10月20日の東京株式市場で川重株は前日比9%安の2347円に下落した。事故原因は特定されていないが、ニューヨークで地下鉄車両の大型プロジェクトを抱えているだけに、川重の米国事業の先行きに懸念が広がった。連日の大幅安で11月11日には年初来安値の2017円をつけた。年初来高値の2861円(3月23日)から3割下げた。

新幹線で台車亀裂事故

 川重の車両事故は今回が初めてではない。17年12月11日、東海道・山陽新幹線を走行中だった博多発東京行きの「のぞみ34号」(N700系)の台車の側面に14センチメートルの亀裂が生じていた。

 原因はあろうことか、川重の製造ミスだった。その後の調査で、台車製造時に溶接部分を決められた仕様よりも薄く削りすぎ、溶接後の処置も不十分だった不正が判明した。「のぞみ」は途中の名古屋駅で停車したまま、それ以降の運行を中止した。国土交通省は新幹線初の重大インシデント(重大な結果につながりかねない出来事)に認定。川重は18年2月、経営責任を明確化するため、専務執行役員に昇格する予定だった当時の車両部門のトップを更迭した。金花芳則社長(当時、現会長)は役員報酬を3カ月、50%返上する処分を発表した。

 新幹線の安全神話を大きく揺るがしたわけで、車両メーカーとして致命的だ。当然の帰結だが、川重の鉄道車両事業は低迷。20年6月、金花社長は会長に退き、橋本康彦取締役常務執行役員が社長に昇格した。橋本氏は精密機械・ロボット部門から初のトップ就任となった。

鉄道車両を分社し、水素事業を強化

 橋本社長は体制の再構築に動く。20年11月、31年3月期を最終年度とする新たな事業方針を発表した。新型コロナウイルス禍が長引き、主力の航空機関連事業が不振で、背水の陣を敷くこととなった。水素やロボットなど新規事業を拡大する一方、21年10月、二輪車や鉄道車両などを分社化した。

 コロナ禍となる前から収益増に向けた新しい体制づくりが遅れていた。車両事業は新幹線台車の不具合や米国向け車両の納期遅れなどで、18年度までに2期連続で100億円超の損失を計上している。他部門とのシナジー効果が薄い二輪車と車両事業を分社した。

 水素事業や手術ロボットなどのロボット事業を成長分野として掲げる。水素事業は、これまでは液化水素運搬船の実証設備しかなかった売上を31年3月期に1200億円へ引き上げるとしていたが、21年6月になって水素事業の売上高目標を2.5倍の3000億円規模へと上方修正した。

 新たな経営の数値目標として、「31年3月期の売上高は2兆5000億円(21年同期1兆4884億円)、売上高営業利益率8%(21年3月期は530億円の営業赤字)」とした。

水素航空機の開発に着手

 2020年10月、日本政府は50年までにカーボンニュートラル(温暖化ガス排出実質ゼロ)を目指すと宣言した。これを実現するためには、火力発電所や産業活動などに伴う二酸化炭素(CO2)を大幅に減らす必要がある。火力発電所の排出削減には水素への燃料転換がカギを握る。

 川重は19年12月、液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」を建造、オーストラリアで製造した水素を日本へ輸送する実証試験を始めた。同月、水素をエンジン燃料とした航空機の研究開発を始めると発表した。欧州大手エアバスが35年までに水素燃料航空機を市場に投入すると表明しており、急速に関心が高まる脱炭素への対応として水素燃料が有力視されている。川重は水素関連のノウハウを生かし、31年3月期までにエンジン燃焼器や燃料タンクなどを開発。地上での実証実験を計画している。

 21年4〜9月期連結決算は、売上高が前期比4%増の6810億円、最終損益は45億円の黒字(前年同期は272億円の赤字)に転換した。主力の航空機関連は国際線の大型機向けのエンジンの受注が停滞したが、産業用ロボットやオフロード四輪車の販売が好調だった。22年3月期の連結純利益予想を150億円(従来予想は190億円)に下方修正。鋼材価格の上昇の影響で中国の船舶合弁会社の業績が悪化、建造コストの増加を見込んで損失引当金を積んだ。

 先進国を中心としたアウトドア需要でモーターサイクル&エンジンが好調で売上高は1兆5500億円(同1兆5300億円)に、若干、上振れするとした。車両事業を分社化した直後に米国で地下鉄の脱線事故が発生した。不具合への対応が必要になれば費用負担は避けられず業績の下振れもあり得る。「水素関連企業へと変身」(アナリスト)を評価して株価は上昇を続けていたが、米国での事故で情勢は一変。底なし沼に足を取られたような状態となった。

(文=編集部)