日本の東芝、米国のゼネラル・エレクトリック(GE)やジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)など、世界の有力企業が相次いで会社全体の分割を決断した。その理由の一つは、“コングロマリット(複合企業)・ディスカウント”を避けることにある。

 もともと各社は、リスクの異なる複数の事業を自社のポートフォリオに組み込んだ。それによって、企業全体としての収益源を多角化した。コングロマリット経営は、経営の安定性を高めるために重要だった。しかし、現在の世界経済では、環境変化が加速化している。特定の事業に集中して、より迅速に経営の意思決定を行い、事業運営の効率性を高めることを重視する、経営者や大手投資家が増えている。世界全体で見ても、デジタル化や脱炭素などの大きな変化の波が進むに伴い、“脱コングロマリット”を目指す企業は増えることも想定される。

 日本企業は、株主など利害関係者との信頼関係を強化して、そうした変化に対応しなければならない。今後、日本でも意思決定の迅速性を高めるために会社分割を目指すケースは増える可能性がある。その場合、状況によって日本固有の商慣習などが事業構造の見直しやスピンオフを妨げる展開も考えられる。

世界経済のなかでコングロマリットが増えた背景

 東芝、GEやJ&Jは、複数の事業を傘下に抱えるコングロマリットとして事業を運営してきた。その他にもコングロマリットとみなされている世界的な企業は多く、代表例に韓国のサムスン電子や独シーメンスがある。

 コングロマリット経営の目的は、収益源の多角化による経営の安定性向上だ。事業ポートフォリオにリスク特性の異なる事業を複数加えることによって収益源を多角化(リスクを分散)する。対消費者、対企業というように顧客層は多様化し、企業は景気変動などリスクへの対応力を高めることができる。

 かつての東芝は、白物家電やパソコンなどのITデバイス、重電、医療機器、半導体など、投資の時間軸も顧客層も異なる事業を数多く事業ポートフォリオに組み込んだ。米GEは航空機エンジンや医療機器、金融事業など事業の多角化を進めた。J&Jはバンドエイドなどの日用品と、医療機器や製薬事業を運営した。

 J&Jのケースで考えると、バンドエイドなどの需要は安定しており日用品事業の収益は予測が立てやすい。その一方で、製薬事業で同社が開発に取り組むがん治療薬やワクチンは、米食品医薬品局(FDA)など各国当局の承認を得なければならない。想定通りに収益が得られるか否かなど不確実性は高い。

 J&Jは収益源の多角化によって収益のばらつきを抑え、長期の成長を目指した。収益源を多角化し会社全体をコングロマリット化することによって、企業は一部事業の収益悪化を他の事業の収益で補完し、企業全体として事業運営の安定性を高めようとした。まさに、欧米のビジネススクールで現代ポートフォリオ理論などを学ぶ際に必ず教授される、「卵を一つのバスケットに入れてはならない」というリスク分散の格言の実践だ。

 収益源を多角化したことによって各社はリーマンショックなどの世界的な金融・経済危機を乗り越えることができたといえる。それはコングロマリット経営のメリットだ。

コングロマリット・ディスカウント解消への要請

 その一方で、東芝、GE、J&Jのように事業の多角化が進むと、一般的には“コングロマリット・ディスカウント”が発生するといわれる。これは、個々の事業が生み出すキャッシュフローをもとに理論的に算定された企業価値の合計額を、コングロマリット企業全体の価値が下回ることと定義される。例えば、A、B、Cの3つの異なる事業を運営する企業があり、投資家は個々の事業価値を100億円と評価した。理論上、企業価値は300億円だ。しかし、株式市場でその企業の時価総額は270億円だった。その差30億円がコングロマリット・ディスカウントに相当する。

 株式投資家の目的は投資からの利得を増やすことだ。投資家は成長期待のより高い事業を持つ企業に投資したい。コングロマリット企業の場合、投資家は成長期待の高い事業と、そうではない事業に一緒に投資しなければならなくなる。投資家はそうした企業への投資は避けたい。そのため、コングロマリット企業全体の企業価値は、各事業単体の価値の合計よりも割安になる(ディスカウントされる)と考えられる。近年では、コンテンツや半導体、ゲーム事業などを運営するソニーグループに対して半導体事業のスピンオフ(事業を分離し独立させること)を求める主要投資家がいた。

 総合電機メーカーとしての東芝を例に考えると、経営資源をどの分野に再配分するかは、基本的には経営トップと各事業のトップとの合議に基づく。特定の事業に集中する場合に比べ、迅速な意思決定がとりづらくなる可能性は高まる。また、東芝が総合電機としての事業運営を重視した背景には、雇用維持という日本の社会的な要請もあった。

 逆にいえば、東芝が事業をインフラサービス企業、デバイス企業、キオクシアや東芝テック株の資産管理企業の3つに分割することによって、個々の事業体は自らの守備範囲に集中し、事業運営の効率性を高めることにつながりやすい。それは、コングロマリット・ディスカウントの解消につながる。同じことが、GEやJ&Jにも当てはまる。

世界的に会社分割は増える可能性

 今後、コングロマリット体制を見直し、会社分割を目指す企業は世界的に増えるだろう。現在の世界経済では、デジタル化、米中対立によるサプライチェーンの再編、脱炭素などが進む。そのなかでコロナショックが発生したことによって、変化のスピードは増した。例えば、夏場の東南アジアでの感染再拡大を理由に、中国からベトナムなどに移した生産拠点を、さらに別の国にシフトする企業が増えている。

 環境変化の激化に対応するために、資産売却や事業のスピンオフをより重視する企業は増える可能性が高い。自社から他社に事業を譲渡することによってシナジー効果が発揮されることもある。

 例えば、米インテルはNAND事業を韓国の半導体メモリ大手SKハイニックスに売却し、半導体ロジックの設計開発や受託専業(ファウンドリ)事業を集中的に強化したい。中国当局の承認待ちの段階ではあるが、インテルのNAND事業取得はSKハイニックスの競争力向上に重要だ。投資家にとっても、企業が得意な分野に集中したほうが中長期的な成長の可能性と付随するリスクを評価しやすくなる。その一方で、スピンオフの結果として売上高の規模が小さくなり、経営の安定性が低下する企業も出るかもしれない。

 以上から得られる示唆は、経営意思決定のスピードの重要性が一段と増すことだ。多角化を進めるにせよ、特定分野に集中するにせよ、経営者が既存分野で得た経営資源を成長期待の高い先端分野に再配分し、新しい需要を生み出すことが欠かせない。

 雇用が事業運営の調整弁の役割を果してきた米国などと異なり、日本企業は雇用の維持を重視してきた。世界的なコングロマリット経営の見直しが加速するなか、日本企業では経営企画、財務、人事、総務など全社的な業務を担当した組織を中心に過剰人員がこれまで以上に意識されることもあるだろう。その一方で、主要投資家はより強く、日本企業に事業の分割などを求める可能性がある。状況によって日本の商慣習が脱コングロマリットの加速という変化への対応の遅れにつながる可能性は否定できない。

(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)

●真壁昭夫/法政大学大学院教授

一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。

著書・論文

『仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)

『逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)

『VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)

『AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)

『行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。