企業人が仕事を進めていく上でどうしても避けて通られないのが、上司との付き合いだ。特に最近は、自分の実績だけを気にして部下の面倒を見ない「嫌な上司」が増えていると聞く。こうした上司にはどのように対処したらよいのか、企業の人材育成や人事制度に詳しいエレクセ・パートナーズ代表取締役の永禮弘之氏に聞いた。

 現在、厚生労働省は「働き方改革」を進めようとしているが、永禮氏の見解には、単に嫌な上司への対処法ではなく、先行き不透明な時代に、企業人がキャリアをどう構築していくべきか示唆に富むことも多い。
 
――そもそも「嫌な上司」とは、どのような上司を指すのでしょうか。

永禮弘之氏(以下、永禮) 「嫌な上司」の典型は、役割責任を果たさない責任回避するタイプです。東芝の粉飾決算や三菱自動車工業の燃費データ不正問題など、日本では大企業の不祥事が絶えません。この背景には、管理職層の仕事に対する「役割責任」への意識が、希薄になっていることがあると思います。

 たとえば、品質保証部門の管理職の一番大きな責務は、自社製品やサービスの品質維持です。業務効率などを第一にして本来の品質保証業務をおざなりにするケースがありますが、これでは本来の仕事に対する優先順位がぶれてしまいます。企業全体にとって業務効率は大事なことですが、品質保証の責任者が自社の製品やサービスの品質をないがしろにして業務効率だけを優先させていいはずがありません。

 こうした上司は、部下の成長が組織力、ひいては企業業績の向上にもつながるという流れを考えずに、人材を使い倒して目先のコストを削って経営者にいい顔をし、いざ問題が起こると部下に責任を押し付けて逃げるという行動に走りがちです。私は最近、「これから大企業は、薄利多売で人を使い倒しするような『ブラック化』していく」と訴えていますが、この「ブラック化」の背景にも「役割責任」の希薄化の問題があるのではないでしょうか。

――そうした上司が生まれるのはなぜでしょうか。

永禮 組織が大きくなりすぎると、組織メンバーの一人ひとりの「無責任化」が進みます。自分ひとりくらい「役割責任」を果たさなくてもなんとかなる、会社が責任を取ってくれればいい、といった安易な気持ちが出てくるのでしょう。こうした気持ちが積み重なって不祥事は生まれてくるものです。これは、日本の企業人のプロフェッショナリズムの危機でもあります。グーグルやアップルなど勢いのある米国の企業は、組織全体の規模は大きいですが、個々の仕事に取り組む人数は数名と小さく、少人数のチーム単位で素早く意思決定し、チームで責任をもって仕事を進めています。

 また、こうした危機が起こるのは、日本社会全体で自営業が減っていることも原因のひとつです。自営業者は、「経営者感覚」と「プロ意識」をもって仕事をします。日本は戦後、「サラリーマン化」が進み、今では働く人の9割が会社に雇われています。かつては自営業の「親方」が数多く存在し、自分の専門性を武器に、独立独歩で生計を立てていました。米国では「インディペンデントコントラクター」と呼ばれる自営業が40代以降の中高年層で増えています。

 自営業者は、自身の専門性を活かして大企業と契約して仕事を受けますが、プロとしての「役割責任」が果たせないと即座に信用を失い、仕事を失う危機に直面します。これからの日本の企業社会でも、サラリーマンであってもプロとしての働き方が求められる時代が来ていると思います。

●「キャリア権」

――日本の大企業で、本当にプロとしての働き方ができるでしょうか。

永禮 会社には寿命があり、一説には30年という見方もあります。技術革新が進み、製品やサービスの陳腐化が早く進むなかで、いま業績が安定している企業に勤めているからといって、それが未来永劫続くものではないことは、バブル崩壊やリーマンショック後の大量のリストラを目の当たりにして、多くの人が肌で感じているのではないでしょうか。私自身もITバブルがはじけた2000年代に勤め先の会社が解散し、失業した経験があります。日本の財政事情を考えると、今後、年金支給開始年齢が70歳前後にまで先延ばしになるかもしれません。

 大学を出て、20代から生涯現役を目指して50年間働こうと思えば、ひとつの会社で定年まで安泰に勤め上げることは難しくなり、複数の専門性を要する時代に突入します。

――複数の専門性を持つとは、具体的にどのようなイメージでしょうか。

永禮 たとえば、会社が海外での売り上げを伸ばすため、国内営業での実績を買われて、海外拠点の立ち上げ責任者に起用されたとします。苦労しながらもその国の市場開拓や人材活用などのノウハウを体得できます。このケースだと、国内での営業スキルに加えて、赴任国での商習慣に応じた営業活動、労務管理、人材活用のノウハウもその人の専門性になります。もし今勤めている会社が業績不振で人員削減を行おうとした場合、この人は、かつて赴任した国で営業拠点立ち上げを目指す別の会社に転職することが可能です。

――人事権は会社に握られ、異動命令ひとつで転勤しないといけないサラリーマンが、そのように好都合に自分のキャリアを構築できるのでしょうか。

永禮 会社の人事権に自分のキャリア形成が左右されることに対して、特に若い企業人は危機感を持ったほうがいいですね。雇う会社側に人事権があるように、雇われる側にも自分でキャリア展望を持ち、専門性を磨くための「キャリア権」があると考えるべきです。

 先ほども述べたように、70〜80歳で現役の高齢化社会で、技術革新が進んで世の中の流れもさらに早くなる時代に、ひとつの会社で職業人生を全うできる時代は終わりました。会社の寿命よりも長く働こうと思えば、複数の専門性がないと働き続けることは無理でしょう。だから、自分のキャリア展望もなく、会社の人事権に従っているだけではダメなのです。

 自身のキャリアを構築していくためには、上司にしっかりと自分の意思や仕事への意欲を伝えるスキルも欠かせません。管理職研修の場でよく聞かれる「上司にとって一番困る部下」とは、自主性がなく仕事への意欲が低い部下です。やる気のない部下を抱えることは、能力の低い部下を抱えるよりもリスクが高い。

 経験が浅く能力は足りないけれども、仕事を覚える意欲が高ければ、上司は指導育成すればいい。ところが、自分がどうなりたいのか考える意思もなく、目の前の仕事にも取り組む意欲が低い部下は、任された仕事への責任感が欠けているので、顧客や社内関係者などとトラブルを起こしがちです。やる気さえあれば、経験を積んでいけば能力は高まり、トラブルは減っていきますが、やる気のない部下は、いつまで経っても同じようなミスやトラブルを起こします。だから、実は上司にとっては、多少能力が低くても、やる気のある部下にやりたいことをやらせるほうがリスクは低いのです。

●嫌な上司や左遷を「生かす」

――無能な上司や嫌な上司は、部下としっかりコミュニケーションできるでしょうか。

永禮 率直に言って、できないケースもありますが、そうした上司の下についているからといって、自分が目指すキャリアのビジョンをあきらめる必要はまったくありません。その上司が異動するまで我慢してやり過ごすのもひとつの手です。そのときには、無能で嫌な上司に嫌気がさして仕事の手を抜くことはやめましょう。無能な上司の下で仕事を存分に仕切り、自分の専門性を高めるせっかくのチャンスを逃すからです。

 もし不本意な部署に左遷されても、あきらめてはいけません。花形部署から左遷されても、それは組織の人事上の都合に過ぎません。新たな専門性を磨くチャンスとしてとらえ、自身のキャリア構築にひもづけながらプラス思考で考えるべきです。

 たとえば、ある大手メーカーの本社企画部門で出世競争に敗れ、中堅の生産物流会社に転職し、そこで物流関連の専門性を磨き、アマゾンに転職して幹部として活躍している知人がいます。

 こうした思考ができる人材を養成するために、中高年がセカンドキャリアを考えるためだけではなく、仕事の「役割責任」や自分の「職業観」、社員の「キャリア権」を理解するためのキャリア教育を20〜30歳代の若年層にしっかりしていく時代がきているともいえるでしょう。会社の寿命が短くなるなかで、サラリーマンにも自分の職業人生は自分で切り開くプロ意識が求められています。
(構成=井上久男/ジャーナリスト)