自動車用のワイヤーハーネス(電源供給や信号通信に使われる複数の電線を束にした部品)の世界トップメーカーである住友電気工業が、ウクライナで行ってきたワイヤーハーネスなどの生産を、ルーマニアとモロッコに移管すると報じられた。生産移管コストの一部は顧客である独フォルクスワーゲン(VW)が負担するようだ。住友電工のウクライナ危機への対応は、世界の自動車部品メーカーのなかでも早いといえる。同社の経営陣はウクライナ危機によって世界経済がグローバル化からブロック化に向かい始め、供給制約などの逆風が強まると危機感を高めている。ウクライナ危機は住友電工など世界の企業にとって“ゲームチェンジャー”だ。

 今後の注目点は、住友電工がどのようにして事業ポートフォリオの多角化を進め、より安定した事業運営体制を構築するかだ。当面、収益の柱である自動車事業の収益減少懸念は高まる。同社経営陣はコスト削減を徹底しつつ、成長期待の高い分野での設備投資をこれまで以上に積みまして組織全体が集中して取組むべき分野を明示しなければならない。ウクライナからの迅速な生産移管は、自己変革を加速させなければならないという経営陣の覚悟の裏返しに見える。

自動車部品需要の獲得を目指した海外進出

 1990年代の初頭以降、世界経済のグローバル化が加速した。そのなかで住友電工は生産コストのより低い地域での事業運営体制を強化し、ワイヤーハーネスなど自動車部品の需要をより効率的に獲得した。その結果、自動車事業は住友電工の売上高と営業利益の50%以上を占める稼ぎ頭に成長した。その背景には、以下のような世界経済の変化が大きく影響している。

 まず、グローバル化によって各国の国境は低下し、国境を跨いだヒト・モノ・カネの流れが活発化した。ウクライナなどかつて社会主義体制をとった国は、政治や経済運営上の不安定な部分を抱えつつも米国を中心とする自由資本主義陣営との関係が強まり、安価な労働力や豊富なエネルギー、鉱山資源、小麦などの供給地としての役割を担うようになった。特に、ウクライナはハンガリーやポーランド、チェコなどの東欧諸国とともに、ドイツやフランスなどへの自動車部品の供給地として役割を発揮した。

 海外での事業運営体制の強化によって、住友電工の海外売上高比率は上昇した。2004年度末の時点で同社の海外売上高比率は30%に達した。2021年3月期には57.3%に上昇した。同社の関係会社の約75%は海外にある。欧州で住友電工は、自動車部品需要を獲得する取り組みの一つとしてウクライナで生産を行った。それによって同社は世界の自動車メーカーとの関係を強化しつつ海外売上高比率を伸ばし、円高への抵抗力と事業運営の効率性向上を実現した。日独などの自動車メーカーにとって住友電工からの迅速かつ確実な部品納入体制の強化は、世界の自動車需要を効率的に獲得するために欠かせない要素だった。

 自動車用の部品に加えて、住友電工は情報通信や環境エネルギー分野での事業運営体制を強化した。その結果としてウクライナ危機が発生するまで、世界的な半導体不足の深刻化による完成車生産の減少に直面しつつも、同社の業績は緩やかに回復してきた。

迅速なウクライナから他国への生産移管

 しかし、ウクライナ危機の発生によって住友電工の事業運営体制は急速に不安定化している。同社が世界で構築してきたジャストインタイムの効率的な自動車部品サプライチェーンは急速に崩れはじめた。ウクライナで行ってきたワイヤーハーネスなどの生産をモロッコとルーマニアに移管するのは変化への対応策の一つだ。同社経営陣は、ロシアへの制裁や戦闘の長期化によるウクライナの社会インフラの破壊などによってサプライチェーンが元に戻ることはないという危機感を急速に高めている。

 別の目線から考えると、住友電工を取り巻く事業環境の変化のスピードが一段と速まっている。EVシフトによって自動車、及び自動車部品業界への新規参入が急速に増加した。エンジン車向けのワイヤーハーネスなどの製造に強みを発揮してきた住友電工が競争上の優位性を維持できるか否か、不確実性は急速に高まった。

 同社にとって、日本の自動車業界が世界的なEVシフトに出遅れたことも軽視できない問題だ。その上にコロナ禍が発生したことによって住友電工の生産活動は制約された。特に、2021年夏場に東南アジアでデルタ株による感染再拡大が発生した結果、人手不足や汎用型の半導体調達などの問題が深刻化した。その上にウクライナ危機が発生し、エネルギー資源などの供給国としての役割を担ったロシアは世界経済から孤立する。

 欧米諸国はロシアへの制裁を強化している。ドイツをはじめ欧州各国はエネルギー面でのロシア依存から脱却する覚悟を固めた。世界全体で燃焼時に排出する温室効果ガスが少ない天然ガスなどの需給は逼迫するだろう。希少金属などの供給制約も深刻化するだろう。それによって、住友電工の事業運営の効率性は低下する可能性が高い。住友電工はサプライチェーンの再構築を急がなければならない。その一つとして、目先、同社は生産活動を維持するために国内での生産体制を強化しなければならない可能性がある。ウクライナやロシアから供給されてきた資源、資材への依存度を低下させるために、製品のリサイクル技術や希少金属の利用削減を可能にする製造技術の実用化も加速するだろう。

ゲームチェンジへの対応力向上

 住友電工にとって、ウクライナ危機は世界での戦い方を大きく変化させる“ゲームチェンジャー”だ。グローバル化によって住友電工はコストを引き下げ、成長期待が高い国や地域での供給体制を強化して成長を加速することができた。しかし、ウクライナ危機によって世界経済はグローバル化からブロック化に向かう。ウクライナ危機を境に、世界経済は緩やかな経済成長と低物価の同時進行という“大いなる安定”の時代から、成長率の鈍化と物価上昇圧力の高まりが同時に進む時代に足を踏み入れはじめた。短期的に住友電工は事業運営の効率性低下に直面する恐れが高い。

 住友電工は収益源の多角化を急がなければならない。自動車向け部品事業では、エンジン車向けのワイヤーハーネスなどの製造技術を応用してEV向けの部品製造技術を強化しなければならない。それに加えて、非自動車の分野で住友電工のビジネスチャンスは増えるだろう。今後、世界経済全体でデジタル化やメタバースの取り組みが加速する。

 5G通信や次世代の高速通信の普及に向けて海底通信ケーブルや、データセンター向けの光ケーブル、送電ケーブルの需要は拡大する。脱炭素に加えて安定したエネルギー供給のために欧州や日本では再生可能エネルギーの利用増加が加速するだろう。洋上風力などを用いて得られた電力を利用するための送電線需要も拡大する。

 このように考えると、ウクライナからの迅速な生産拠点の移管によって住友電工の経営陣は、新しい収益源の確立を急がなければならないという覚悟を組織内外に明確に示した。それは同社の長期存続力の向上に欠かせない。今後、住友電工は過去の事業運営の常識や固定観念から脱却し、新しい収益の柱の育成に集中するだろう。自動車分野での逆風に耐えるために、コスト削減は強化される。

 その上で同社は、デジタル化や脱炭素関連の設備投資を積みますなどして、従業員一人一人が取り組むべき課題を明確に理解し、実行する体制を確立しなければならない。そうした取り組みを着実に実行できるか否かによって、同社の競争力には無視できない影響があるだろう。同じことは多くの日本企業に当てはまる。

(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)

●真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。

著書・論文

『仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)

『逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)

『VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)

『AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)

『行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。