これまでは比較的に参入のハードルが低く、安定した収入が得られ「誰でもチャンスを掴める業界」といわれていたタクシー業界。だが一部のニュースサイトなどの報道によると、近年、タクシー運転手に格差が生まれつつあるという。

 例えば昨今はスライドドアタイプで車高が高く、車内も広い「ジャパンタクシー」と呼ばれるタイプの車種が利用者に選ばれる一方で、旧来のセダンタイプのタクシーが選ばれづらくなっているといった指摘が挙がっている。

 はたして本当にタクシー業界では勝ち組・負け組の差が顕著になってきているのだろうか。

 そこで今回は、タクシー運転手の労働環境や業界事情に詳しい桜美林大学の戸崎肇教授に、現在の業界の実態について話を聞いた。

そもそも「誰でもチャンスを掴める業界」という認識は早計

 まず、「誰でもチャンスを掴める業界」として語られることもあったタクシー業界だが、こうした認識は的を射たものだったのだろうか。

「確かに、2002年の改正道路運送法適用により業界の規制緩和が進み、事業者数規制などが減ったことで参入障壁が下がった職業とはいえるでしょう。しかし、誰でもチャンスを掴める業界と言い切るのは早計で、さまざまなハードルはあります。特にハードルとなっていたのは、規制緩和でタクシーの台数が増えたことによる利用者の取り合いですね。

 タクシー運転手の給与は固定給+歩合給が一般的。タクシー会社というのは性質上、業務中にどういう働き方をするのかが基本的にドライバーの裁量に委ねられているので、固定給のみにしてしまうと、サボるドライバーが増えるリスクがありますよね。それを会社側が管理しきれないので、業務を効率化させるためにも歩合制も導入する会社が圧倒的に多いのです。

 こうして歩合給の部分で勝ち組・負け組は出るかもしれませんが、利用者の奪い合いという構図は今に始まったことではありませんので、近年で起こっている傾向というわけではありません」(戸崎氏)

 では近年の傾向で勝ち組・負け組が出ているとしたら、話題のジャパンタクシーの影響が大きいのだろうか。ジャパンタクシーの特徴とメリット、また現在の業界内における浸透度などを解説していただこう。

「ジャパンタクシーが急増したのは東京オリンピックの影響です。来日予定だった外国人観光客向けに大手タクシー会社とトヨタが共同開発した車種で、それまで主流だったセダンタイプのタクシーと異なり、スライドタイプのドアで車高が高く車内も広いのが特徴です。狭苦しさを感じさせない快適な空間設計は、日本のタクシー水準の高さを世界に知らしめたかった業界の思惑と、情熱の賜物といったところでしょう。

 不幸にもコロナ禍で外国人観光客向けにアピールする場は奪われてしまいましたが、現在かなりの台数が都市部を中心に稼働しています。とりわけ、頭文字を取って業界内で“大日本帝国”と称されることもある大和自動車交通、日本交通、帝都自動車交通、国際自動車の業界大手4社は、ジャパンタクシーの導入に非常に積極的なんです」(同)

 こうした利用者受けがいい車種のドライバーと、旧来タイプの車種を運転するドライバーでは、収入面で差が出てくる可能性も考えられる。

「いえ、おそらくそこまでの差は出ていないでしょう。従来のセダンタイプに乗車しているからあまり稼げない、新型のジャパンタクシーに乗車しているから有利、といった印象はあまりないです。利用者目線で考えればわかると思いますが、タクシーを利用する最大の目的は“目的地に届けてもらうこと”です。そのときに、目の前に来たセダンタイプのタクシーをスルーしてまでジャパンタクシーを待つかといったら、そんなことはほぼないでしょう。ジャパンタクシーだったらラッキーだな、くらいの認識の利用者はいると思いますが、それが運転手の収益にそこまで影響があるとは思えません」(同)

 タクシーの優秀さの目安となる「優良マーク」なるものも格差の指標になっているという指摘もあるが、優良マークの有無で変わるのだろうか。

「こちらに関しても、優良マークの有無でそこまで大きな影響があるとは思えません。そもそも優良マークとは車の窓などに貼っている印のことですが、あれは『優良運転者証』を取得している人のみが貼れるものです。判断基準としては、日々の勤務態度や無事故無違反を守れているか否か、また接客マナーなどの総合値で、地域のタクシーセンターやタクシー協会が認定を行っています。

 ただ、これがあるからといって収入が増えるかというと疑問が残ります。確かに、高級ホテルの前などに優良マークタクシー専用の乗り場はありますが、かなり数は少ないですし、そもそもそういった乗り場があること自体、ほとんどの利用客は知らないのではないでしょうか」(同)

タクシー配車アプリ導入の有無がタクシー会社の格差に?

 近年はタクシー配車アプリがかなり充実しているが、先に伺ったジャパンタクシーや優良運転証を取得したタクシーを選ぶことなどはできないのか。また、それによるタクシー運転手の収入格差の有無はあるのだろうか。

「ジャパンタクシーを選べたり、優良運転者証を取得しているタクシーを選べたりする配車アプリはほぼないと思います。ただ、タクシー会社を選べるアプリは多く、ジャパンタクシーを多く導入している会社を選ぶことはできますが、よっぽど業界事情に詳しい人でもなければ、どのタクシー会社がどの車種を多く導入しているかまでは、わからないでしょう。

 それに、好みの車種を多く導入している会社を選んだところで、実際にお目当ての車種が来るかどうかはランダムです。タクシー会社目線で見ても、多くの車種に分け隔てなく乗ってほしいはずなので、一部の車種に客足が偏るような施策は好まないはずですしね」(同)

 好みの車種やドライバーを選べるか否かという面では、タクシー配車アプリがタクシー運転手の収入に直接大きな影響は与えないようだ。しかし、戸崎氏はこうしたアプリの浸透が、今後のタクシー業界を変えていく可能性は非常に高いと述べる。

「配車アプリはここ数年で利用者が急増しており、浸透してきている印象が強いです。こうしたアプリを利用すれば、わざわざタクシーが来るのを待って、手を上げて停めるよりはるかに効率よくタクシーに乗れるので、忙しいビジネスパーソンが多い大都市を中心に増えているのでしょう。

 一方、中小のタクシー会社では資金面でこうしたアプリ開発といった施策はできませんので、その分収入に差ができてしまいます。タクシー会社が作ったアプリ以外にも、使用料をタクシー会社側が払って使う一般のIT企業発の配車アプリはあるので、導入自体は中小タクシー会社もできるでしょう。しかし、自社アプリを使う会社に比べて、アプリの使用料はかかり続けるわけで、その分の格差が広がってくるというのは間違いないと思います。近年起こっている“タクシー業界の格差”は、実はこうしたアプリの導入の有無という部分が大きいのです」(同)

 車種によるドライバーの収入格差はほぼないようだが、配車アプリという面で変革がさらに進めばまた業界事情も変わり、格差が生まれることもあるのかもしれない。タクシー運転手目線で考えると、自社でアプリを持っている大手のタクシー会社に所属しているドライバーと、中小のタクシー会社に所属、もしくは個人営業しているドライバーとでは、今後はじりじりと格差が拡大していく可能性もありそうだ。

(文=A4studio)