夏休み真っ盛りの8月10日、東武鉄道がSLを復活運行させた。今回復活させたSL「大樹」は、1回限りのイベント運行ではない。土日祝日や夏休み・大型連休・年末年始など、年間140日ほど運行する列車だ。

 かつて、日本全国を走っていたSLも近代化の流れで汽車、そして電車へと置き換わった。東武でもSLの運転は終了していたが、51年ぶりにSLを復活運転することになった。SLを運行する区間は、日光市内の下今市駅―鬼怒川温泉駅間。わずか12.4キロメートルしかない。

 SL復活でにわかに注目を浴びる東武は、SLの復活運行に向けて並々ならぬ情熱を注いできた。東武からSLの復活プロジェクトが発表されたのは、2015年の夏。半世紀前にSLの運行をやめていた東武は、車両を保有していなかった。また、車両だけではなく、SLの運行には方向転換のための転車台などの設備も必要になる。ハード面の整備だけでも、SL運行には莫大な費用がかかる。加えて、SLを運転する機関士・機関助士の育成、整備士も必要だ。

 車両や施設、人材育成の費用は安く見積もっても30億円。これらに加え、今後はランニングコストもかかる。通常の電車とは異なり、SLはメンテナンスが割高だ。そうした金勘定を考慮すると、話題性こそ抜群だがSLは運行だけで収益をあげることはできないとされてきた。

 東武が赤字覚悟でSLを復活させる背景には、東武が開発してきた観光地へのテコ入れといった思惑が色濃くにじんでいる。東武は、国内のみならず世界からも多くの観光客を呼び寄せる浅草・日光というネームバリューのある観光地を沿線に抱える。一方、東武が主導して開発した鬼怒川温泉は昭和50年代後半から衰退し、今もそれに歯止めがかからない。鬼怒川温泉には、東武が特急スペーシアを運行しているが、鬼怒川の魅力が薄れればスペーシアの乗車率にも大きく影響を及ぼし、東武の屋台骨を揺るがしかねない。今回のSL復活は、まさに鬼怒川の再生を賭けたプロジェクトでもあった。

 つまり、東武はSLの復活運転だけで採算が取れなくても、鬼怒川温泉に多くの観光客を呼び寄せることや東武そのもののブランド力を高めて沿線の不動産価値を向上させること、関連グッズの売上を伸ばすことを狙っている。それが達成できれば、SL運行は大成功といえる。

●集客効果に疑問

 だが、事はそう簡単ではない。今やSLを運行しただけで、簡単に会社のブランドが向上し、観光客が増加する時代ではないのだ。東武関係者は語る。

「今回のSL復活運転は社運をかけたプロジェクトですので、東武鉄道のみならず系列の旅行代理店、ホテルなどからも大きな期待が寄せられています。一方、東武が運行するSLはC11というタイプです。C11はそれほど珍しい車両ではなく、集客効果には疑問があります」

 実はSL運行をフックにして鉄道会社全体で利益を出すという考え方は、旧国鉄時代から試みられている。例えば、1979年に山口県の山口線でSLが復活しているが、その背景には「東京圏や大阪圏から新幹線で山口県まで行き、そこからSLに乗る」という、いわば新幹線とセットの抱き合わせ商法的な狙いがあった。

 旧国鉄分割民営化後も、JR東日本は96年から磐越西線でSLの運転を開始。磐越西線で走るSLは、歳月を経て運行区間を新潟駅―会津若松駅まで拡大。今やJR東日本の名物列車になった。磐越西線で走るSLも単体で利益を出すのではなく、新幹線とセットで稼ぐことが狙いにある。

 また、2014年からJR東日本は東日本大震災の復興を目的にして、岩手県の花巻駅―釜石駅間でもSL銀河の運行を開始。こちらも好評を博している。

 新幹線とセットで稼ぐというSLのビジネスモデルが確立する一方で、各地でSLが続々と復活運転したこともあって、SLは戦国時代さながらの様相を呈した。東武が地盤にしている関東圏だけを見ても、秩父鉄道が1988年に、真岡鉄道が94年にSLを復活運転させている。

 秩父鉄道は35.3キロメートル、真岡鉄道にいたっては41.9キロメートルもSLが走行する。東武の12.4キロメートルと比べると、規模の差は歴然としている。そうした部分からも、東武のSL運行は苦戦が予想されている。

「浅草駅から発車して東京スカイツリーを眺めながら走るという話なら、ほかの鉄道会社とも対抗できます。しかし、浅草駅発着は現実的に難しい。転車台の整備なども大変ですし、ほかの列車ダイヤにも影響が出てしまう。SL運転のために列車ダイヤが狂ってしまったら本末転倒です。また、浅草のような市街地を走らせるにはSLが排出する煙の問題もクリアしなければならない」(前出・東武関係者)

 東武が復活運行させたSLだけに、当面は活況を呈するだろう。話題性もあって、SLの雄姿を見にくるギャラリーや撮り鉄もたくさん集まることが予想される。しかし、そうした人たちは乗車してくれるわけではないから、東武の運賃収入増にはつながらない。そうした金を落とさないファンを、どう金を落とす上客に変えていくのか、といった課題の解決もこれからだ。

 社運を賭けた東武のSLの復活運行、果たして吉と出るか凶と出るか。
(文=小川裕夫/フリーランスライター)