元国税局職員、さんきゅう倉田です。好きな病院は「大学病院」です。

 一般には知られていませんが、税法には医師の優遇制度があります。個人事業者であれば、必要経費は、実際に使用した金額をその計算根拠としますが、医師や歯科医は実額ではなく概算での損金算入を認める「概算経費」の制度があります。これは所得税の軽減や事務作業の簡素化の目的で60年ほど前に創設されました。学説的には、「公平性」が税の原則ですが、医師にのみ認められる概算経費は、この公平性の例外といえます。

 歯医者を営むAさんは、ある年の確定申告を、社会保険料収入2500万円、自由診療収入1000万円、概算経費1800万円、実額経費750万円として行いました。収入が3500万円、経費が2550万円なので、所得は950万円になります。医師は、確定申告前の決算において、社会保険料収入にかかる経費の計算を、実額で行うか概算で行うか選択することができます。Aさんも、どちらが有利になるか、つまりどちらが得かを計算し、その結果を踏まえて概算経費を選択したのです。

 しかしその後Aさんは、自らの計算が誤っていることに気づきました。概算経費より、実額経費で確定申告を行うほうが得だったのです。医師の概算経費制度は、最大で社会保険料報酬の72%を経費として認める“激アツ”なシステムです。数多の個人事業者が必死に集めてまとめている領収証の保存がなくても、経費が認められます。

 しかし、それより多くの実額の経費があれば概算経費の制度は不要で、Aさんはまさにそれだったのです。Aさんはさらに収入の一部の計上漏れがあったため、修正申告をすることにしました。確定申告をしたあとに、申告期限を過ぎてから行う申告が修正申告です。税務調査で追徴課税になった場合も、概ね修正申告書を提出します。

 Aさんの修正申告の内容では、概算経費を実額経費に変更し、漏れていた収入を加算して所得税を再計算した結果、納める税額が増えることになります。税金は増えるし、手間もかかる。良いことはひとつもありません。しかし、Aさんは正直に修正申告をしました。

 ここで、概算経費を実額経費に直すだけの修正申告をして、漏れていた収入は申告しなければよかったのではないか、そうしたら単純に税金が減るのだから得なのではないか、と考える方がいるかもしれません。修正申告について書かれた国税通則法では、次のように規定されています。

「納税申告書を提出した者は、(中略)修正する納税申告書を提出することができる。
一 税額に不足額があるとき。
二 純損失等の金額が過大であるとき。
三 還付金が過大であるとき。
四 税額を記載しなかつた場合において、納付すべき税額があるとき。」(抜粋)

 これらのどれかに該当しないと修正申告はできないわけですが、概算経費を実額経費にすることで経費が増えるということは所得が減ります。つまり、納税額が減るので、修正申告はできないのです。Aさんが修正申告するためには、計上漏れの収入を加算する必要があったのです。

 さて、提出されたAさんの修正申告書ですが、税務署はその内容を精査して、加算された収入については認めるが、概算経費から実額経費への変更は認めないとして処分し、過少申告加算税まで賦課しました。なんて卑怯なのでしょう。開いた口とへそがふさがりません。

 もちろん、Aさんはこれを不服としたわけですが、その結果は最高裁の判断を仰ぐことになりました。最高裁の判決は難しいのですが簡潔にまとめると、所得税額の増額があって修正申告の条件を満たすのであれば、計算誤りを理由として概算経費を撤回し実額経費で計上することができる、と判断しました。

 税金のプロである税務署や国税局の判断でも、最高裁の判断とは異なることがある。最後まであきらめてはいけないよ、という事案でした。
(文=さんきゅう倉田/元国税職員、お笑い芸人)