働いた対価として会社から受け取る給与。企業によってその形態はさまざまだが、オフィスに出社してタイムカードを切り、就業時間を超えれば残業代がついて、勤続年数とともに昇給する。そんなシステムを当たり前だと思っていたサラリーマンは多いだろう。

 しかし、そんな給与のあり方や働き方が転換期を迎えているという。『給与クライシス』(日本経済新聞出版)の著者で人事コンサルタントの平康慶浩氏に、私たちの身に起こる働き方や給与体系の変化について聞いた。

もう中小企業は年功序列を維持できない?

 平康氏は「日本社会のビジネス慣習そのものが、根本から覆りつつある」と話す。大きなきっかけとなったのは、やはり新型コロナの流行による社会の変化だ。

「ここ数年、日本では働き方改革の一環として『同一労働同一賃金』の法制化や『残業規制の強化』『リモートワークの促進』等を進めてきましたが、その歩みは遅々としたものでした。そんな中で発生したコロナショックによって、リモートワークが一気に普及。もし新型コロナが流行しなければ、20年経ってもリモートワークの導入率は30%ほどだったかもしれません。もちろん、リモートにできない仕事もありますが、議論の内容がリモートワークできるかできないかではなく、“どうやってリモートワークにするか”という内容に切り替わったことが重要で、なかば強制的ながらも普及につながった印象です」(平康氏)

 2021年2月に東京都が発表した都内企業のテレワーク導入率は、1月後半で63.5%だった。緊急事態宣言下ではあるものの、6割以上の企業がリモートワークを実施可能ということが証明された。

「給与面では、リモートワークで就業時間管理が曖昧になり、残業代や深夜勤務手当などの『所定外給与』が激減しました。裏を返せば、コロナショックで残業規制が進んだとも言えます。ただ、同一労働同一賃金の大企業向け施行と同時期に新型コロナが流行したので、大量の非正規雇用者が解雇されてしまった点は残念なことでした」(同)

 一進一退のようだが、新型コロナの影響が我々の働き方にまで及んでいるのは確かだ。そして、今後、平康氏が本格的に変わると予想しているのが、勤続年数とともに昇給する“年功序列型賃金”だという。

「大企業の年功序列と中小企業の年功序列は一見同じに見えますが、本質的にはまったく違います。たとえば、資本金10億円以上の大企業はビジネスで得る利幅が大きいので社員を毎年昇給させられるし、同時に新たなビジネスや研究開発にチャレンジできるので、年功序列を続けることができます。一方、従業員30人以下の中小企業は年功序列で昇給させようとしても、新たなイノベーションを起こしていないケースが多く、将来的に行き詰まる可能性が高いです。そして、結果的に年功序列を維持できなくなります」(同)

 また、企業の規模だけでなく、業界によっても給与の格差は開き続けるという。

「1980年代までは、どの業界も給与額にあまり差がなかったのですが、90年代のバブル崩壊以降に業界格差が大きく広がりました。たとえば、介護報酬という収入の“天井”が決まっている介護福祉サービスの業界は、利幅が少ないので給料がまったく上がらない状況です。一方、不動産や商社はビジネスで動く金額が大きく、収入に天井もない。このまま何も変わらなければ、業界や企業間の格差がどんどん広がり、極端な二極化が進みます」(同)

会社の“パーツ人間”は淘汰される時代に

 平康氏は「会社に面倒を見てもらう時代はもうじき終わる」と警鐘を鳴らす。中でも“会社のパーツ”として働いてきた人は、窮地に立たされるという。

「これまでは上から言われた仕事をして、習熟度を上げて会社の“パーツ”として働き、年功で昇給していく仕組みが主流でした。しかし、年功序列が崩壊すれば、パーツのままでいても給料は増えなくなります。それどころか、コンピュータがトレースできる技術職やルートセールスの営業職は、AIやロボットに取って代わられて仕事を失う可能性が高いでしょう」(同)

 パーツとして働いてきた人の特徴は「働いた時間=お金」と捉えていることだ。残業をしてでも“仕事の質”を高めることにこだわり、会社の利益よりも「どうしたら残業代がつくか」と考える傾向があるという。

「リモートワークでは働いている姿が見えず、就業時間の管理も曖昧になりました。そうなると、企業は働いた時間ではなく、仕事の成果を重視するようになります。ここで言う仕事の成果とは、品質の高さではなく、現実的に儲けているかどうか。お金を稼ぐということの本質は、お金を払ってくれるお客さんが求めているものを考え、自分で価値を生み出して、提供するための努力をした結果です。そもそも顧客はあなたが残業してまで品質を上げた仕事を求めているのか、考え直す必要があります」(同)

 パーツ的に働いている人は、時間をかけて質を上げる思考にとらわれているため、「長時間働いたのに残業代がつかない」などと自分が受け取る給与だけに目を向けがちだ。

「特に仕事に慣れて現状に満足している人は、チャレンジをしないパーツ人材になっている可能性が高いです。コロナショックによる働き方の変化を乗り越えれば成長できますが、パーツ思考の人は変化を嫌うので取り残されてしまうかもしれません」(同)

会社の「人事制度」を確認すべき理由

 パーツ思考の人々を待つシビアな未来。回避する方法はあるのだろうか。

「まずはパーツ的発想を抜け出すのが先決。自分の努力や働いた時間だけを気にするのではなく、自分の会社がどのような仕組みでお金を受け取っているかというビジネスの流れを理解しましょう。その流れの中で、どんな働き方を求められているのか、どんな成果を出すべきかを見極める必要があります。新しいアイデアを出してほしいのか、言われたことをきっちりこなしてほしいのか、自分の立ち位置を認識しましょう」(同)

 自分の仕事を認識するための指標になるのが、企業が定めている「人事制度」だという。評価の基準などは会社によって内容が異なるが、「今後は給与決定の仕組みやキャリアがより多様化していくので、しっかり読み込んでほしい」と平康氏。

「人事制度は、いわばその会社をうまく使いこなすためのルールです。会社がどんな人材を求めているのかが明記されていて、会社の方針も確認できる。自ら意志を持って人事制度を読むメリットは大きいです」(同)

 そして、パーツ的な働き方が終わると同時に、個人レベルでは「オンリーワンの生き方しか選べない時代が来る」と平康氏は話す。

「オンリーワンの生き方とは、収入源をひとつに絞らない生き方です。コロナショックを経験して、多くの人が会社の給与だけでは社会不安に対応できないことがわかりました。私は『バスケットを増やす』と呼んでいますが、収入源が多いほど無収入のリスクを下げられます。会社に勤めながら月に2〜3万円ほど稼げる副業をしたり、投資をしたり、パートナーと共働きでダブルインカムにしたりと、さまざまな方法でバスケットを増やすのが、これからの時代を生き抜く術になるはずです」(同)

 変革の時を迎えた、私たちの“仕事”。見て見ぬふりを続けると、気づいた頃にはすべてを失っているかもしれない。

(文=真島加代/清談社)

●平康慶浩(ひらやす・よしひろ)
人事コンサルタント。早稲田大学大学院ファイナンス研究科MBA取得。アクセンチュア、日本総合研究所を経て、2012年よりセレクションアンドバリエーション株式会社代表取締役就任。大企業から中小企業まで190社以上の人事評価制度に携わる現役コンサルタント。『給与クライシス』『出世する人は人事評価を気にしない』(ともに日本経済新聞出版本部)など、著書多数。

●セレクションアンドバリエーション株式会社