少し前、経済誌で「管理会社が業務受託契約を突然破棄する」という現象を取り上げて話題になっていた。実はこの2年ほどで、分譲マンションの管理業務をめぐる環境がガラリと変わってしまった。簡単にいえば、管理組合側の買い手市場だったのが、管理会社側の売り手市場へと逆転してしまったのだ。

 順番に説明しよう。まず、分譲マンションは住人が日常の暮らしを営む専有部分(住戸内)と、共用部分(住戸以外のところ)に分かれる。この内、共用部分には必然的に管理業務が伴う。具体的には施設や設備の管理や保全、清掃などの業務である。エレベーターの保守点検などは、法律でその頻度が定められている。こういった業務にはそれなりの専門性が伴うので、多くのマンションでは管理会社に全面的に委託している。

 管理会社がどこなのかは、そのマンションの新築分譲時に決まっている。だいたいが売主企業の子会社だ。ただ、なかにはどこの子会社でもない独立系の管理会社もある。例えば、新築時以来管理業務を行ってきた管理会社に不満がある場合、管理組合は業務委託先の会社を変更することができる。管理会社の変更のことを、業界内ではリプレースと呼んでいる。

 数年前までは、リプレースを検討するのが管理組合の健全なあり方だと考えられてきた。その理由は、管理会社に支払う業務委託費が低減できる可能性が高かったからである。売主企業の子会社が管理業務委託先であった場合、彼らは自社が十分に利益を取れる水準に最初の業務委託費を親会社に設定してもらえる。売主企業は、その水準に合わせて区分所有者(マンションの購入者)が支払う管理費を設定する。

 ところが、新築マンションの購入者たちは、どの物件を選ぶかの基準を「月々の負担はいくらになるか」ということに置いているケースがほとんどだろう。特に初めてマンションを購入する子育てファミリーなどは、家計の都合上そこを基準にマンションを選ぶ場合がほとんどだろう。ということは、販売側にとっては管理費や修繕積立金などの月々の負担が低いほうが売りやすくなる。

●管理費+修繕積立金のマジック

 そこで、ちょっとしたごまかしを行うことがマンションデベロッパー業界の悪弊になっている。

 まず、管理費はそのほとんどが管理会社に支払う業務委託費の原資になるものだから、一定水準より下げることができない。なんといっても子会社の収益に直接かかわるからだ。

 だから、修繕積立金のほうをわざと安くする。例えば、売主が「このマンションなら月々の負担は3万円が上限だろう」と考えたとする。販売価格が4000万円台のファミリーマンションなら、購入層の世帯年収は500万円から700万円。月々支払う管理費等が4万円に迫っていたりすると「このマンション、気に入ったけれど管理費が高いから別の物件にしよう」と逃げられてしまう。

 業務を受託する予定の管理会社がソロバンをはじくと、どうしても1戸あたり月額2.2万円の管理費を負担してもらわなければならない、ということになった。さらに、そのマンションの中長期のメンテナンスを考えた場合、修繕積立金も1戸当たり月額2.0万円ほどが必要だというシミュレーションになったとする。合計は4.2万円。売主の想定を1.2万円ほど超えている。この場合、どうなるのか。

 修繕積立金を無理矢理0.8万円に設定するのだ。そうすれば月額負担は3万円に収まる。そして、修繕積立金の足りない分は15年程の年月をかけて徐々に値上げして、最終的に当初の3倍くらいとなる長期修繕計画をつくる。

 新築マンションを購入する人々は、だいたいは気持ちが舞い上がっている。いったん購入を決めた後で詳しい説明を受ける長期修繕計画なんて、注意深くは聞いていない。仮に「10年先には修繕積立金が倍に値上げされる」というようなことを聞かされても、現実感がない。「その頃には年収も上がっているだろう」くらいに考える人がほとんどではないか。

 しかし、10年先、15年先は確実にやってくる未来だ。

 さて、管理会社が利益をしっかり確保できるように決められた管理費はどうなるのか。

 新築マンションの引渡しが始まって1年ほどすると、第1回の管理組合総会という区分所有者が全員出席すべき会合が開催される。この総会の目的は主に決算と予算の承認。各区分所有者から管理組合へと集められた管理費や修繕積立金が、前年はどこにどのように使われ、今年はどこにどう使うかということを示して、出席した組合員の過半数が承認すればOK、ということになる。

 ここで多くの区分所有者たちは「あの管理会社にこんなに払っているのか」ということを知る。そして「親会社は売主の・・社だから仕方がないか」と考える人と、「それはおかしい」というタイプに分かれる。後者の勢力が強くなったりすると、「管理会社に払っている委託費は高くないか」と考え始め、「だったら管理会社を変えればいいじゃないか」という結論に進んでいく。

 リプレースで管理会社に支払う業務委託費が軽減できれば、その分を修繕積立金の会計に回して、予定されている値上げを回避できるかもしれない。そういう考えも自然に浮かんでくる。これがリプレースのパターンであった。

 数年前まで「リプレースを行いますので貴社に業務内容と見積もりのプレゼンテーションをお願いします」と、複数の管理会社に声を掛ければ、どこも喜んでプレゼンに参加してくるのが普通だった。

 ところが、今は違う。冒頭にも述べたように、今は管理会社側の売り手市場になっている。管理会社にとって、よほど美味しそう(儲かりそう)なマンションでない限り、手間もひまも費用もかかるプレゼンテーションを行ってまで、彼らは仕事を取りに来ようとはしない。

●管理会社側が強いのか?

 なぜ売り手市場になってしまったのか。
 
 最大の原因は人手不足だ。管理員のなり手が急減してしまった。だから「新たに受託しても派遣する管理員が見つからない」というのが今の状況。さらに踏み込めば、現状で管理業務を受託中のマンションでも、業務委託費の減額を要求されたりリプレースの動きが出ているのがわかると、「では、契約期間終了後の延長は致しかねます」という通告ひとつで業務を打ち切ってしまう。

 そういうマンションの管理組合では、次の管理会社を探すのが大変だ。もしかしたら、前の管理会社に払っていたより高い委託費での契約を飲まなければいけなくなるかもしれない。それほどに、今は管理会社側が強い。

 そうなった場合、管理組合側では管理費の値上げに追い込まれる可能性もある。そんなことになれば、修繕積立金の値上げを回避するどころではない。さらに各区分所有者の負担が増えるのだ。管理費や修繕積立金の総額が「新築時は月額3万円だったのに、15年後には5万円を超えていた」といった現象も、これからは珍しくなくなるだろう。

 人手不足によるマンション保有のハイコスト化――。

 この動きはすでに始まっていて、その流れが変わることはないだろう。その内、外国人の管理員も現れそうだ。そうなったとしても、彼らの賃金が日本人よりも有意なほど安くはないはず。5年先、10年先、「マンションは買いたいけれど管理費関係が高すぎるから」と、購入を諦める人が多くなっているだろう。

 また月々の支払額を基準に、物件価格がより安い中古マンションが好まれるようになると、流通市場には強力な下落圧力となってくるはずだ。
(文=榊淳司/榊マンション市場研究所主宰、住宅ジャーナリスト)