(ブルームバーグ): 安倍晋三首相が世界最大と胸を張る日本の新型コロナウイルス感染症の経済対策だが、目玉となる個人や事業者へのさまざまな支援措置はまだ国民に行き渡っていない。各種申請の複雑さや人員不足、デジタル化の遅れといった旧態依然とした自治体の事務処理体制が妨げとなっている。

  東京在住の翻訳者、天池紋菜さん(32)は、自宅の郵便受けに届いた納税通知書を見た時、いら立ちを感じた。新型コロナの影響で収入が減少した事業者に給付される持続化給付金の通知が届くのを待っていたからだ。オンライン申請後に何の通知もなく、申請がきちんと受理されたのかを確認できないまま2週間が経過していた。

  政府は5月1日に持続化給付金の申請を開始し、最短で連休明けの8日に支給されると宣伝していた。天池さんは申請開始日の5月1日に申し込み、最終的に振り込みを確認したのは6月5日。「困っているフリーランスや事業主にこういった施策を打ってくれたことは非常にありがたいが、正直あまり評価していない」と言う。政府の広報やシステム、電通再委託問題などに不満があるためだ。

  1人当たり10万円の特別定額給付金や事業者向けの100万−200万円の持続化給付金、140兆円規模の資金繰り支援、外出自粛に伴う休業手当を補助する雇用調整助成金はすべて、国民の生活を守り、事業や雇用の維持するという目的のため、新型コロナ対策の柱として盛り込まれた。

  天池さんの受け取った持続化給付金は、新型コロナの影響で売上高が前年同月比5割以上減少した中堅・中小・小規模事業者や個人事業主に対し、法人200万円、個人に100万円を上限に給付をする制度。中小企業庁によると、1、2次補正予算に計4.26兆円を計上し、16日時点の支給額は2兆167億円と進捗率は47%にとどまる。

  東京のナイトクラブで働く伊藤和子さん(56)は、3週間前に申請したが、まだ受け取っていない。オンライン申請に手間取り、申請相談窓口に「100回電話をかけたがつながない、最悪」と語った。結局、若い友人の助けを借りてようやく申請ができたという。夫の稼ぎで暮らせているものの、和子さんは2カ月間仕事ができておらず、営業自粛が解除された後も、顧客が戻らないことを心配している。

  IHSマークイットの田口はるみ主席エコノミスト、「今、必要なのは全員に対する給付ではなくて、現在も仕事がない人たちへの支援をもっと手厚くするべきなのかもしれない」との見方を示した。足元でコロナの影響を受けていない場合、「今後のためにとっておこうという人が増える可能性がある」という。政府がリーマンショック後の09年に配った定額給付金の消費増加効果は受給額の25%で、多くが貯蓄に回った。

  総務省によると、予算成立から1カ月半ほどたった19日時点で、特別定額給付金の給付実績は7兆7300億円と、予算に対する進捗(しんちょく)率は60.7%。自治体の人口や事務処理能力に差があるため、東京で人口が最大の世田谷区では申請世帯の15%、香川県直島町で全島民3000人の97%など、進捗(しんちょく)にばらつきがある。日本と同じく4月に全世帯への現金給付を決めた韓国では、5月までに9割の世帯への支給を済ませており、大きく後れを取った形だ。

新型コロナ給付金、日本は支給の遅さ鮮明−IT化進む韓国に後れ取る

  IHSの田口氏は、他国と比べても「給付のスピードが遅い」と指摘。デジタル化の遅れがネックとなり、「本当に必要なときに必要な人の手に渡っていなかったんじゃないか」とみる。

  政府が生活困窮世帯への30万円給付を一律10万円に方針転換した理由の一つには、給付を迅速化するという観点もあった。それでも他国に比べ給付が進まないのは、社会保障と税番号制度に用いられるマイナンバーカードの普及率が低く、銀行口座とも連携していないため、人海戦術に頼らざるを得ないためだ。

狙い撃ちから一律給付へ、首相が方向転換−インパクト重視の見方

  日本の雇用者全体に占める一般政府雇用者の比率は2017年時点で5.9%と経済開発協力機構(OECD)加盟国の中で最低水準。富士通総研のマルティン・シュルツ主任研究員は、「日本の政府は世界的にみて最も小さい。全国的に制度を運用するのは骨が折れるため、並外れて遅くなる」と述べた。新型コロナが日本政府に突き付けた課題は、デジタル化を推進するためのインセンティブとして役立つはずだとの見方を示した。

  今回、多くの自治体で特別定額給付金のオンライン申請を導入したが、申請の不備や重複申請の審査に時間がかかるため一部の自治体で停止している。雇用調整助成金のオンライン申請でもシステムトラブルが相次いでいる。また、押印や署名を必要とする支援制度が多く、政府はコロナ問題を契機に、行政手続きのデジタル化を含めたデジタル改革を「1丁目1番地」に掲げる見通しだ。

  給付金だけではなく、自粛要請で休業を余儀なくされた労働者のための雇用調整助成金もスピードが問題視されている。政府は第2次補正予算で、従業員への休業手当を補助する雇調金の上限を1日1.5万円に引き上げ、中小企業の労働者が自ら申請できる新制度を創設した。雇調金の引き上げは予算成立後、新制度は7月に申請開始する。

  制度変更に伴う申請待ちが発生し、19日時点の雇調金の支給決定額は923億円と、予算1.6兆円に対する進捗率は5.8%。申請21.7万件に対する支給率は61%と給付金を上回るものの、申請数自体が休業者の伸びに追いついていない。4月の休業者は約600万人と前月から約350万人増加した。

  雇調金申請が滞れば、企業にしわ寄せがいく。西村康稔経済再生担当相は22日の参院決算委員会で、休業者が増えて失業率が低位にとどまっている背景について、「企業が今必死で雇用を守って踏ん張っている」と説明。その上で、雇調金は、「リーマン時には1.2兆円の予算を確保し、4000万人の雇用を守った」と効果を強調した。

日本の低失業率背後に大量の「隠れ失業者」、コロナで休業者数急増

  民間の調査会社、東京商工リサーチによると6月23日時点の新型コロナ関連の経営破綻(負債総額1000万円以上)は277件と、緊急事態宣言が発令された4月以降、高水準で推移。集計対象外の負債1000万円未満の小・零細企業・商店の倒産も4件判明しており、水面下では制度融資や支援策などを活用しないまま、休業状態に陥ったケースも増加しているという。

  岡三証券の愛宕伸康チーフエコノミストは、「給付金の支給タイミングが大幅に遅れたことで、倒産してしまった人もいる」とし、給付遅れの影響について、きちんと検証すべきだとの考えを示した。

  政府は、企業の資金繰りを支援するため、給付金に加えて、事業規模140兆円の資金繰り支援を設けている。このうち中小企業向け融資は21日時点の申請103.9万件のうち承諾79.8万件と、承諾率は76.8%に達する。承諾金額は計14.3兆円と、中小企業向け融資の事業規模14%にとどまり、まだ支援余地も大きい。

  焼き肉屋向けの無煙ロースターの製造販売を手掛ける横山節夫さん(73)は、「先月くらいから受注がだいぶ減ってきた、8月にお盆休みがあるから、3カ月くらいこの状況が続くのではないか」と言う。以前は中国や米国からの注文が多かったが、ワクチンの開発なしには受注は元の水準に戻らないと懸念している。

  12人いる従業員への給与含めた資金繰りのため、5月22日に無利子の融資を申し込み、6月18日に2000万円弱の入金を確認した。手続きはスムーズで入金まで早かったと評価する。返済は3年後だが、横山氏は「資金繰りのためにお金を持っておかないといけない。私たちはリタイアする身分だけど、子どもたちが心配」と不安を隠さない。

©2020 Bloomberg L.P.