(ブルームバーグ): 「今のはちょっと意味わからない」。執行役員の話に対して平社員の1人がそう呟いた。石油元売り大手の出光興産が6月に社内向けに開催したデジタルトランスフォーメーション(DX)に関するオンラインセミナーでの一幕だ。体育会系とも評されることが多い同社では、従来ならありえなかった光景だ。

  このイベントを企画したのは、出光でデジタル変革室のトップを務める三枝幸夫執行役員。1月に出光に入社する以前はブリヂストンでDXを主導した三枝氏が講演した「ウェビナー」と呼ばれる形態のオンラインセミナーには、1000人以上の社員が参加。率直な意見を出せるよう実名でなくニックネームでの参加も認めた。

  三枝氏によると、デジタル変革に当たっては企業風土の改革や啓蒙に「一番時間と手間がかかる」。ところが、出光では4月上旬から製造部門を除く全従業員の約9割がテレワークを開始したことで、デジタルツールへの「リテラシーが一気に上がった」という。

  デジタル技術を活用して従来型システムの刷新などを促すDXで、日本企業はこれまで海外と比較し周回遅れとも評されることが多かった。新型コロナウイルスの感染拡大を契機にテレワーク(在宅勤務)の導入が広がったことなどでデジタル技術を活用した新たな製品やサービスの開発が進み、変化の兆しが現れている。

  三枝氏の指揮の下、出光では人工知能(AI)を活用した石油製品の輸送を行う船舶の配船計画効率化や、日本初の洗車アプリなど幅広い分野でDXを進めている。さらに、定期修繕の費用削減などを目指し、製油所など製造拠点でのドローンを使った点検の実証や、図面のデジタル化といった取り組みも始めている。

崖の一端

  調査会社ガートナージャパンが今年1月に発表した調査によると、日本企業のデジタル化の取り組みで世界との差は前年よりも拡大していた。スイスの国際経営開発研究所(IMD)による2019年の世界デジタル競争力ランキングでも、日本は63カ国中23位。アジア太平洋地域では14カ国中8位と低迷していた。

  政府も日本企業の出遅れに警鐘を鳴らしている。経済産業省が一昨年に発表した「DXレポート」では、企業のITシステムの老朽化やIT人材の不足といった課題を挙げ、このままDXが進展しなければ25−30年の間に毎年最大12兆円の経済損失が生じるとして、「2025年の崖」について警告した。

  DXリポートを取りまとめた経産省の研究会の座長を務めた南山大学理工学部の青山幹雄教授は、新型コロナの感染拡大によって「25年で起こりうるいろんな企業の問題をある意味では明らかにした」として「崖の一端が見えた」と指摘。コロナをきっかけにデジタルを使いこなす方向に「転換しようとする会社は成長することになる」とし、使いこなせない会社とは大きく差がつくだろうとの見解を示した。

  デジタル技術の活用は販売の現場にも広がっている。三越伊勢丹ホールディングスは5月下旬、通信アプリのLINE(ライン)やズームを活用し、自宅で百貨店販売員の接客を受けられるサービスの提供を開始した。

  同社のシームレス推進部の升森一宏部長によると、新型コロナの感染拡大を受け、急きょ「今できるツールでやってみよう」と開発が加速したと明かした。将来的には独自にチャットやビデオ通話の機能を整備し、自社のアプリ上でも同様のサービスが行えるようにすることを目指している。

守りと攻めの切り分け

  顧客管理ソフトウエアを手掛ける米セールスフォース・ドットコム傘下の投資部門で日本代表を務めた浅田慎二氏は、DXを進める上では「守りのIT」と「攻めのIT」の切り分けが重要だと訴える。

  守りのITとして経費精算や人事管理など差別化しにくいものは外部企業のサービスを利用する一方で、その分余った経営資源を商品やシステム開発など攻める分野に集中的に投下して内製化する。グーグルが検索エンジン、アマゾンが通販サイトを「自分たちのアイデンティティーだから自分たちで作っている」のと同じだと指摘した。

  内製化に向けた企業のIT人材の採用も活発化している。リクルートキャリアの早崎士郎マネジャーによると、これまでは不動産や小売りなどの業界では外部に丸投げすることが多く、社内にDX導入を主導できるような人材がない状態だった。しかし、「今はそういう企業で上位人材を獲得しようとする動き非常に多い」状況で、当初見込んでいた以上にIT人材が流動化していると述べた。

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