(ブルームバーグ):

東京五輪が1年間の延期を経て23日に開幕する。 無観客で行われる午後8時からの開会式では、国立競技場のライトアップとともに新型コロナウイルスの大きな傷跡や数々の試練の記憶が浮かび上がるかも知れない。

  大会組織委員会は、昨年3月の延期決定に伴いそれまで約7年かけて準備した運営の全項目を見直してきた。武藤敏郎事務総長は20日の会見で、当時は「感染症は何らかの収まり方をしていて、今のような状態だとは正直予想していなかった」と振り返る。

  五輪は新型コロナの変異株による急激な感染再拡大を受け、4回目の緊急事態宣言が発令中の都内の会場を中心に行われる。海外観客は受け入れず、競技は9割の会場で無観客となる。今回の大会には206の国と地域からトップアスリートが集い33競技339種目を競う。

  緊急事態宣言などで自粛を迫られる国民の反発や医療の逼迫(ひっぱく)を理由に、開催は世論の支持を得られていない。JNNが7月3から4日に行った調査では34%が「中止」または「延期」と回答。五輪を特集する国内テレビCMの放映を中止したグローバルスポンサーのトヨタ自動車をはじめ、複数の企業が距離を置いた。

震災後の招致

  東京都の石原慎太郎元都知事が2020年大会の招致に名乗りを上げたのは11年。東日本大震災直後の混乱の中だった。奈良女子大学でスポーツ社会学を研究する石坂友司准教授は、国内世論に訴えるため復興五輪を掲げたが、安全性に対する海外からの懸念に配慮し、招致活動では震災には触れていなかったという。

  最終プレゼンでは「復興を掲げることが最大の魅力になる」と方針を変更したが、同時に日本オリンピック委員会(JOC)の竹田恒和会長(当時)が「福島は東京から250キロ離れており、皆さんが想像する危険性は東京にはない」と発言し物議をかもした。東京大会の開催は13年9月に決まった。

続く試練

  新国立競技場の建設では、日本スポーツ振興センター(JSC)が12年に英国のザハ・ハディド氏のデザインを採用したが、1300億円程度とされていた総工費が約2500億円以上に膨らみ批判が相次いだ。計画は15年に白紙撤回され、隈研吾氏らのチームが総工費約1500億円で現在の競技場を建設した。

  15年には大会エンブレムの白紙撤回もあった。7月に公表されたデザインがベルギーの劇場ロゴマークと似ていると指摘されたためだ。組織委はエンブレムを改めて広く公募し、16年にアーティストの野老朝雄氏による「組市松紋」に決定した。

膨らむ予算

  コンパクトな大会をうたいながら予算規模は膨んだ。立候補時は約8000億円としていたが、16年12月時点で1兆6000−8000億円に倍増。圧縮も試みたが、延期やコロナ対策費などで20年12月時点で1兆6440億円となった。無観客としたことでチケット収入900億円を補填する必要も生じている。

  東京都の職員として16年大会の招致に携わった国士舘大学客員教授の鈴木知幸氏は、招致を進めた人の多くは戦争から復興して高度成長期に入る契機となった64年東京五輪の残像を抱えていたと語る。当時の安倍晋三首相ら もインバウンド効果を掲げ、経済面での期待は高まっていたと振り返る。

  19年開催のラグビーワールドカップはその期待をさらに高めた。海外から多くのファンが観戦に訪れ、その経済効果は6464億円と試算された。「1964−日本が最高に輝いた年」の著者ロイ・トミザワ氏は「誰もがにわかファンとなり、次々とヒーローが誕生する大会を見て、これと同じ熱狂が東京五輪でも見られる」と期待した。しかし、20年に入ると新型コロナの影響で事態は一転した。

  五輪の延期決定後、組織委は全会場を確保し直し、コロナ対策の指針となる「プレーブック」を策定するなど膨大な準備作業を進めてきた。高谷正哲スポークスパーソンは19日、延期は「40キロのフルマラソンを走ってきたら、突然もう10キロ走れと言われた」ようだったと語った。

多様性への疑問

  延期五輪の準備が大詰めを迎えつつあった今年2月には、組織委の森喜朗前会長が「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」と発言。海外メディアなどから女性蔑視と批判された。スポンサー企業や国際オリンピック委員会(IOC)からも「不適切」との声が上がり、辞任に追い込まれた。

  後任には橋本聖子氏が就き、新たに12人の女性を理事に迎え、それまで20%にとどまっていた女性理事比率を42%に引き上げた。

  開会式を巡っては、3月に女性タレントを豚に例えたと週刊誌に報じられた統括責任者が辞任。今月19日には楽曲担当者が過去のいじめ問題を理由に職を辞した。さらに開幕前日の22日、演出担当者がユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)をやゆしていたとして解任された。

  橋本会長は20日の会見で、この1年、「スキャンダルやいろいろな問題が生じた」と振り返った。その上で、コロナ禍で「大会を開催するかしないかの懸念がある中で、さらに別の部分において問題が生じてしまった」ことが世論の不安や不満を増幅させたと陳謝した。

  開会式のコンセプトは「United by Emotion.」。新型コロナの影響で人々が集うことが難しい環境で、「アスリートの挑戦を通じて、喜びや悔しさを共に感じる瞬間を届けていきたい」との思いを込めた。

  新型コロナ感染が確認された大会関係者の数は22日現在91人となっている。五輪閉幕まで感染拡大を抑制し、その後のパラリンピック大会につなげることができるのか試練は続く。

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