(ブルームバーグ): 米国の体操女子シモーン・バイルス選手(24)が東京五輪の個人総合決勝の棄権を決断したことで、世界トップレベルで戦うアスリートのメンタルヘルス(心の健康)に再び関心が高まっている。新型コロナウイルス感染症の世界的な流行が問題を深刻化させている。

  米体操連盟は28日、バイルス選手の決断は「メンタルヘルス」に集中するだめだとの声明を発表した。

  バイルス選手も27日、「きょうジムに行ったとき、まるで大勢の悪魔と戦っているような気がした」とした上で、自身の棄権が米国チームにとってベストな選択だと話した。

  新型コロナの感染対策が必要となったことがアスリートの精神面での課題となっている。身体能力のピークの維持に努める一方で、他人との交流を極力避ける必要があり、支援を受けにくくなっているためだ。だが、おかげでメンタルヘルスの問題への関心は高まり、多くのアスリートが重い口を開き始めた。

  5月に全仏オープンに出場していた大坂なおみ選手は、試合後の記者会見を拒否したことで主催者と衝突、精神的な負担が大きいことを理由に大会を棄権した。

選手村に専門家常駐も

  国際オリンピック委員会(IOC)のマーク・アダムス報道官は26日、記者団に対して「メンタルヘルスはわれわれがより真剣に取り組むようになっている問題」だとし、「ここ数年、特に注目されている」と述べた。五輪では選手村に専門家を常駐させているほか、アスリート向けに専用のウェブサイトを設置するなど支援体制を整備している。

  パンデミック(世界的大流行)とアスリートの心の問題との関連性を指摘する研究はいくつもある。

  オーストラリアにあるモナシュ大学が2月に発表した論文によれば、さまざまな種目のアスリートを対象とした調査で、パンデミックにより社会的な交流、身体的活動、睡眠パターン、精神的健康などライフスタイルのあらゆる分野で大きな混乱が起きていたことが分かった。

  元オリンピック選手でジョンズ・ホプキンス・ブルームバーグ公衆衛生大学院のタラ・カーク・セル教授は以前、「アスリートのプレッシャーは確実に増している上に孤立感もある」と指摘した。社交的交流を減らして集中力を高める選手もいるが、五輪への出場により外部から隔離されることで孤立感や失望を感じる選手もいると分析する。

医師が親代わりに  

  各国の選手団に同行する医師たちによると、パンデミックによりアスリートの精神面でのサポートに敏感になっていると話す。米男子水球チームで主治医を務めるナレシュ・ラオ氏は、新型コロナの感染拡大が始まってからは選手の精神面をサポートする体制を整える一方で、大学生など若い選手に対しては親代わりになることもたびたびあったと話す。

  ラオ氏は「精神面はフィジカル面と同じくらい重要」とし、「選手らは賢いしとても器用だが、彼らがいつでも気軽に相談できるようにするという精神面のケアの方が重要になった」と述べた。

  米ラグビーチームのアレックス・マイヤーズ医師は自傷行為や自殺に関する相談の電話が増えていると明かす。彼女はサンディエゴで大学生やアスリートらのケアも行っている。

  マイヤーズ医師は「パンデミックにより、多くの若者が持っていた脆弱(ぜいじゃく)な社会構造が壊れてしまった。ソーシャルメディアのおかげで、さまざまな社会的相互作用がより激しくなった」ことで、心の病の問題はさらに大きくなり、発生率も高まったとの見解を示した。

  米男子バレーボールのテイラー・サンダー選手は、「五輪はとてつもなく大きな舞台でプレッシャーも尋常ではない」という。一方で、棄権したバイルス選手については「彼女はより強くなって戻ってくるだろう。われわれは彼女のために祈るだけだ」と語った。

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