(ブルームバーグ): 岸田文雄首相は経済政策「新しい資本主義」の実行計画案を公表した。金融所得課税強化など市場の反発が強いとみられる政策の記載は見送られたものの、市場は新資本主義が「売り」か「買い」か見極めている。

  所得格差の是正を長年訴えてきた岸田首相は昨年10月4日の就任会見で、「成長と分配の好循環」を実現するための選択肢として金融所得課税の見直しに言及した。自民党総裁選の立候補者の中では最も穏健で、地味で面白みに欠けるとさえ評されていた岸田首相が、選出直後から金融市場に衝撃を与えた。

  投資家心理は急速に悪化し、日経平均株価は新政権発足を挟んだ6日まで8営業日連続で下落。続落日数としては2009年以来の長さとなり、ツイッターでは「岸田ショック」がトレンド入りした。

  岸田氏はその後、金融所得課税の見直しを当面棚上げする意向を示した。もっとも引き続き検討課題としており、格差や気候変動などの課題解決に向けて「新しい資本主義」の実現に取り組む方針は変わっていない。

  左派色の濃い政策への変化は、数十年にわたり低成長にあえぐ日本経済の最良の方向性を巡ってまれに見る議論を巻き起こした。国民の声を書き留めた「岸田ノート」を演説中に取り出すのが定番となった岸田氏は、有権者は成長重視のアベノミクスから取り残されたと感じていると指摘。経済政策は2%の物価目標などアベノミクスを踏襲した面があるものの、米国型の市場第一主義からの脱却を目指す。

  岸田首相は22年の年頭所感で、市場への過度な依存で格差や貧困が拡大していると指摘。「新しい資本主義においては、全てを市場や競争に任せるのではなく、官と民が今後の経済社会の変革の全体像を共有しながら、共に役割を果たすことが大切」だと述べた。

  「新しい資本主義」では、社会的課題の解決に向けて民間部門の行動を促すために、政府がより大きな役割を担う。5月31日に公表された実行計画案には、賃上げ税制の拡充や人への投資、研究開発への支援強化、スタートアップ企業やグリーン・デジタル分野への投資拡大が並んだ。

社会主義にしか聞こえない

  首相と支持者らは、「新しい資本主義」は1980年代以降主流となった「新自由主義」よりも公平で包摂的だと主張する。経済成長の恩恵を受ける人が増えれば成長はより持続可能なものとなり、権威主義的な国家の勢力拡大に対抗する、より優れたモデルになるとしている。

  高まる国民の不満にバイデン米大統領やフランスのマクロン大統領ら各国首脳が直面する中、大きな政府への傾斜は世界的な現象の一側面と見る向きもある。日本でも他国と同様に、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な大流行)で所得や雇用の格差があらわになった。

  岸田首相の政策は本質を理解していない社会主義的なものだと金融関係者を中心に反発を招いた。楽天グループの三木谷浩史社長は昨年10月のツイッターへの投稿で、「新資本主義ではなく、社会主義にしか聞こえない。金融市場を崩壊させてどうするのか??」と痛烈に批判した。

  今夏に参議院選挙を控える岸田首相は、こうした批判的な向きや海外投資家を安心させようとしている。5月にロンドンで行った講演では「民間のアニマルスピリッツに支えられた強い経済」へのコミットメントを表明。市場の活性化を図るため預貯金を資産運用に誘導する仕組みの創設や減税などを進める方針を明らかにした。

 「新しい資本主義」の実行計画案では、市場参加者を悩ませた金融所得課税や自社株買いについての記載はなく、資産所得倍増計画や少額投資非課税制度(NISA)拡充など市場を重視する要素が目立った。

新資本主義は金融市場も重視、NISA拡充やPTSで非上場株売買

  ブルームバーグ・ニュースは、岸田首相にインタビューを繰り返し申し込んでいるが、これまでのところ実現していない。

目指すは包摂的資本主義

  「日本資本主義の父」と呼ばれた渋沢栄一氏のやしゃごで、「新しい資本主義実現会議」のメンバーを務めるコモンズ投信の渋沢健会長によると、栄一氏の経営哲学は岸田首相に影響を与えたという。

  英語で取材に応じた渋沢氏は、岸田首相は環境や社会、株主などに配慮した「包摂的資本主義」を目指していると指摘。その試みはアベノミクスで行ったことよりもはるかに重要だと語った。

  岸田首相は30年間ほとんど変わっていない賃金の引き上げを重点課題に位置付けている。今年の春闘では一部大手企業で平均賃上げ回答額が7年ぶりの高水準になるなど、一定の成果を収めた。政府は4月に原油価格高騰などに対応するため緊急経済対策を発表。低所得の子育て世帯への給付金やガソリン補助金などが盛り込まれた。

  三菱UFJ国際投信の石金淳チーフストラテジストは、「内需にインパクトが大きい政策を打ち出してから分配の話をしないとやはり歓迎されない。左派の政策、共産主義的な政策に見えてしまう」と指摘。「分配の前の成長戦略をどんと出さないといけない」と述べた。

  岸田首相が金融所得課税の見直しや自社株買い規制を示唆したことに対して投資家は特に反発した。長期的な成長に重点を置いた経営を促すことを目的に企業の四半期開示の見直しにも言及。木原誠二官房副長官ら首相側近はその後、これらの見直しについて慎重な姿勢を示している。

  岸田首相の金融市場に対するアプローチは、13年9月に米ニューヨーク証券取引所で投資家を前に「バイ・マイ・アベノミクス」(アベノミクスは買いだ)と訴えた安倍晋三元首相とは対照的だ。

  岸田首相に批判的な向きは、コーポレートガバナンス(企業統治)を巡る最近の進展が覆されかねないと警鐘を鳴らしている。投資家や企業経営者らは、日本企業の株主還元は米企業と比べて過大とは言えず、取締役会が短期主義になることはほとんどないと指摘する。

賛否両論

  個人投資家「たけぞう」として知られる元証券ディーラーの上利武嗣氏は、新しい資本主義で「何がしたいのかさっぱり分からない」と語った。株式市場に携わる人から見れば、岸田首相には「一日も早く」退陣してほしいのではないかと言う。

  金融市場は今年に入り、ロシアによるウクライナ侵攻や米連邦準備制度理事会(FRB)による利上げの影響で世界的に不安定になっている。日経平均は、岸田首相就任前の昨年9月に付けた30年ぶり高値を下回る水準で推移している。

  山猫総合研究所代表で国際政治学者の三浦瑠麗氏は、岸田首相が「資本主義の本当に根源的なところ」を分かっているのか市場は問いかけていると指摘。「必要以上にお金をもうけることが悪いことだというようなトーンが見えてしまった」と分析した。

  木原官房副長官は3月のインタビューで、岸田首相は「よく意見を聞いて何がベストかをきちっと探ってやるという手法をとっている」と説明。「特に金融の話は非常に詳しいし、長い間金融の問題に関わってこられているので、マーケット参加者の意見をきちっと聞くということを大切にされている」と述べた。

  元銀行アナリストで、菅義偉前首相の経済ブレーンを務めたデービッド・ アトキンソン氏は、差し迫った人口問題や雇用の大部分を担う中小企業の活性化に取り組まなければ、どのような政策も失敗に終わる運命にあるとみている。「日本経済がなぜ30年間成長しなかったのか、ボトルネックはどこにあるのか、解決のために何をすべきかなど、新しい資本主義は徹底的な統計分析に基づくものではない」と語った。

  自らの政策について岸田首相は、労働人口が縮小する中で最大の価値を創出するために、より広範で生産性の高い労働力を育成するものだと主張する。5月5日の講演では、1993年の国会議員当選以来、産業政策や科学技術政策、中小企業政策といった「政策をライフワークとして日本経済の活性化に取り組んできた」と語った。

  渋沢氏は、われわれは世界やグローバルの経済、環境、社会の変わりゆくダイナミクスに対応する必要があると指摘。岸田首相の取り組みは非常に崇高であり、現在の状況下で極めて重要だとの認識を示した。

A Quiet Ex-Banker Shocks Markets With ‘Socialist’ Tilt in Japan(抜粋)

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