(ブルームバーグ): エネルギー価格の高騰や電力需給の逼迫(ひっぱく)を背景に、政府や与野党の一部で原子力発電の活用を求める声が相次いでいる。安全審査を担う原子力規制委員会で初代委員長を務めた田中俊一氏(77)は、まずやるべきは再稼働に向け国民の理解を得る努力だとし、安易な政治の動きに警鐘を鳴らす。

  田中氏は7日のインタビューで、テロ対策設備が未完成の原発でも再稼働を可能とするよう自民党の議連や日本維新の会が求めていることについて「たわ言」だと一蹴。政治家が今すべきは原発再稼働の必要性について国民の理解を得るように努めることで、規制委への介入は「大間違い」と述べた。

  ロシアによるウクライナ侵攻を受けた資源価格の高騰や今年の夏冬に電力需給が逼迫するとの予想を受け、経済界などで原発再稼働論が広がり、岸田文雄首相も原子力の活用を進める考えを示している。東京電力ホールディングスなど一部電力会社の株価は、再稼働による業績改善期待から今年に入り上昇傾向だ。

  岸田首相は具体策を明らかにしていないが、与野党からは一歩踏み込んだ提言が出ている。自民党の電力安定供給推進議員連盟(会長・細田博之衆院議長)は3月、原発を速やかに再稼働させるため、設置が義務付けられているテロ対策のための「特定重大事故等対処施設(特重施設)」の設置期限を見直し、未完成でも稼働できるようにすることなどを求めた。

  日本維新の会も緊急経済対策の一環として、特重施設の整備以外の要件を満たしている関西電力の美浜原発(福井県美浜町)3号機や高浜原発(福井県高浜町)1、2号機など、運転計画の前倒しが可能な原発は内閣の責任で特別に再稼働させるよう萩生田光一経済産業相に求めた。

  田中氏は、ロシア軍によるウクライナの原発攻撃・占拠で特重施設の重要性が高まっており、同設備が未完成の原発の再稼働について「政治家が言うべきことではない」と批判。むしろ、特重施設が設置された日本の原発なら「そうそう重大な事故にならないようになっている。だから動かしても大丈夫、動かしてくださいというメッセージを出すべき」だと話す。

審査長期化の要因は活断層

  北海道電力が2013年7月に再稼働を申請した泊原発3号機の審査がいまだに続くなど、規制委による安全審査は一部の原発で長期化している。政財界からは審査の迅速化を求める声が上がり、岸田首相も合理化・効率化を図りたいとの考えだ。田中氏は、審査が長期化する主な要因は活断層の有無を巡る判断だと指摘する。

  規制委は、原発施設に影響を及ぼす可能性がある活断層についての判断を基本的に外部の識者に委ねており、大学教授ら専門家が「判断できない」とする限り、審査は前に進まないという。田中氏は、規制委の事務局を務める原子力規制庁で活断層の専門家の育成や採用を行う必要があるとの考えを示した。

  初期投資額の抑制や工期短縮などの利点から最近注目を集める小型モジュール炉(SMR)に関しても、田中氏は厳しい視線を送る。SMRを巡っては、政府が「クリーンエネルギー戦略」の中間整理で積極的な支援方針を掲げ、与野党や経済界からも期待の声が上がっている。

  田中氏は、出力10万キロワット級の小型モジュール炉であっても、求められる安全性は従来の大型原発と同じだと指摘。経済性が成り立たないことは、中小型炉が長年実用化に至っていないことからも明らかで、「電力会社は全く見向きもしないと思う」と述べた。

曖昧な政府

  世論の反発を恐れ、原子力政策に関する政府の姿勢は依然曖昧だ。中長期のエネルギー政策の方針を示した昨年7月公表の「エネルギー基本計画」でも、「可能な限り原発依存度を低減する」とした半面、脱炭素社会の実現に向け、原子力は「必要な規模を持続的に活用していく」と併記した。 

  同計画は、30年の電源構成の再生可能エネルギー比率を36−38%とする目標も示しており、田中氏は再エネを「最大限増やしていくことは大事」だとみている。

  一方、国土の狭い日本では太陽光パネルの設置場所が限られ、再エネ買い取りに伴う巨額の国民負担問題もあると指摘。日本で原子力は「明確に活用すべきだと内心では思う。活用しないとやっていけない」が、選択するのは国民であり、「その判断をきちっと求めるのが政治の役割」だと強調した。

  原子力工学などが専門の田中氏は、旧日本原子力研究所の副理事長や原子力委員会の委員長代理などを務め、福島第一原発事故の翌年に発足した規制委の初代委員長に就いた。17年の退任後は福島県飯館村の復興を支援している。環境問題やロシアのウクライナ侵攻を踏まえ、「エネルギーについてもう一回考えないといけない。そういう問題提起を一国の総理は国民にしないといけない」と語った。

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