宿に荷物を置き、夕暮れの中、桃取地区の集落をまわってみました。この日は休漁日だったようで、歩いている人もまばらで、人口の少ない集落がさらにひっそりとしていました。夕日で影が長くなった町並みはまるでジョルジョ・デ・キリコの絵のようで、時が止まってしまったかのようです。
中学校の跡地の前の桜並木の階段は桜吹雪が舞っており、一週間前であれば桜は満開でさらに見事な風景だったに違いありません。ライトアップされた階段を登りきると、昔のグラウンドには、携帯電話用のアンテナ塔が設置されていました。

食事を取ろうとしたところ食堂はどこもお休み。コンビニなどはもちろんなく、お腹をすかしてどうしようと途方にくれましたが、宿泊する旅館『あみりき』の女将さんが地のあさりで作ったすまし汁やバター焼きを作ってくれました。あさりの身は肉厚で、ダシも素晴らしくこれぞ海の料理という味。

お腹を満たすこともできたので一安心。女将さんの親切に感謝しつつ、お店もない中普段どのように島の人が生活されているのか聞いてみました。

女将さんの家では家庭菜園で野菜を作り、魚は地のものが手に入るのでほとんど買い物をする必要がないのだそうです。息子さんは都会で暮らしているということで「都会に来て一緒に暮らそうよ」と言い続けてくれているのだとか。

「50代の頃は、そんなこと言われても島を出ようなんてちっとも思わなかったし、反発心で頑張ることしか考なかったけれど、60代になると少し弱気になって足腰が動かなくなったら宿をたたんで息子のお世話になっちゃおうかなと思ったりもします」と笑いながら話してくれました。

答志島も他の多くの離島と同じように、人口が減り続けている島のひとつです。3000人を超えていた島の人口は2005年には2687人に減少しています。
かつては中学生で賑わっていた電波塔のある跡地を訪れた後で、そんな時代の流れや物悲しさを少し感じながら、この日は早々に眠りにつきました。


 

僕らの島生活
日本は7000近くの島で形作られ、本州などを除く離島のうち約400島に人が暮らしています。海に囲まれた小宇宙のようなコミュニティに残った独自性 は、画一的な大量消費から多様性が重視される時代の変化の中で魅力を増しています。離島をただ旅をするのではなく、島に生きる同世代の男性を訪ねてさまざ まな島の姿を紹介していきます。

美谷 広海(みたに・ひろうみ)
1975年フランス生まれ。小学校は富山、中高をギリシャで過ごす。引っ越し歴14回。大学在学中に佐渡島で能を演じる高校生を取材し、飛騨高山ドキュメンタリー映像祭入賞。2006年8月からブログ「世界を巡るFool on the Web」を開始。現在、IT企業の国際展開を担当。世界各地を転々としながら創作活動を続ける村上春樹的ワークスタイルが目標。


 変化の時代を新たなスタイル・価値観で生きる30代男子をつなぐコミュニティメディアです