おどろおどろしい名前にも惹かれて訪れた喜界島でしたが、島をめぐった第一印象は「何もない普通の南の島」。それでもしばらく島にいると、どこか違和感があるのです。もしかしたら、日常の中に源平時代の面影が残っているからではないか。どこにでもあるような砂浜を見ながら、そんな思いが湧き上がってきました。(ボクナリ 美谷広海)


平家が上陸したとされる沖名泊
車を借りて島を一周することに。今までに訪れた三重県答志島、北海道天売島に比べると典型的な南の島のように見えました。道路に植えられたソテツや鮮やかな草木、歩いている人のラフな服装からは南の島であることは伝わりますが、そこにしかないモノというのが中々感じられません。
全国的にそれほど有名ではない島を訪ね、そこにある日常の風景を切り取ろうとして旅をしているのですから、ある意味それは当然のことなのですが…

まずは、島の西側を北上して、壇ノ浦の合戦に破れた200余名の平家の残党が上陸したと伝えられる浜に向かいました。観光客か地元の人か見分けのつかない人がひとりでスクーターに乗って浜に来ている他、石碑以外に特別なものは何もありません。

砂浜から突き出た小さな防波堤の先端にまで歩いていってみます。南国であればどこにでもありそうな浜。石碑がなければ通り過ぎてしまいそうです。


百之台公園からの眺望
夕方、サンゴ礁が隆起し、島で一番高い標高203メートルの高台、百之台公園へ。

百之台公園へ至る道は、不自然なほどに綺麗に整備されていました。道路際の見事に刈られた芝生、等間隔に植えられたシュロの木の街路も仰々しく見えてしまいます。周りの風景から浮いた人工的に整えられた風景。これも違和感の原因かもしれません。

公園は展望台になっていますが、目の前に広がる太平洋のパノラマも、眼下に点在する畑や集落も、曇り空だからかパッとしません。この島に足を伸ばす人はそう多くはないかも、と思ってしまいます。

翌日。曇りがちだった空がカラっと晴れ、島が全く違った表情を見せ始めました。レンタカーで走っているだけでも、前日には気付かなかったものに気付きます。

空港にもあった不思議な大きな屋根、これは相撲の土俵でどの集落にも必ずあることに気付きます。祭りのときには必ず相撲大会が行われ、島出身の力士も現在二人いるそうです。サンゴの垣根も残っています。石垣が数多く残る阿伝地区に立ち寄ると、古代の遺跡のようにひっそりとしていました。

たまたまなのか、集落の中を歩いている人はまばらで、青々と茂った樹木が逆にその静けさを一層と引き立てていました。この静寂に身を置いていると、ふと「この島には源平時代の影響がいまだに残っているのではないか」そんな考えが頭をよぎりました。


僕らの島生活
日本は7000近くの島で形作られ、本州などを除く離島のうち約400島に人が暮らしています。海に囲まれた小宇宙のようなコミュニティに残った独自性 は、画一的な大量消費から多様性が重視される時代の変化の中で魅力を増しています。離島をただ旅をするのではなく、島に生きる同世代の男性を訪ねてさまざ まな島の姿を紹介していきます。

美谷 広海(みたに・ひろうみ)
1975年フランス生まれ。小学校は富山、中高をギリシャで過ごす。引っ越し歴14回。大学在学中に佐渡島で能を演じる高校生を取材し、飛騨高山ドキュメンタリー映像祭入賞。2006年8月からブログ「世界を巡るFool on the Web」を開始。現在、IT企業の国際展開を担当。世界各地を転々としながら創作活動を続ける村上春樹的ワークスタイルが目標。


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