久賀島へ向かうため待ち合わせ場所に行ったのはいいのですが、なかなか丸田さんの車があらわれません。どうやら夜に飲み過ぎてしまったようです。フェリーに遅れたため、水上タクシーを利用し、久賀島に到着すると「カンカンに怒っている」という片山さん家に謝りに向かいました。(ボクナリ 美谷広海)
 


  水上タクシー
堂崎天主堂近くの奥浦へと急ぎましたが、港が見えてきたときには久賀島へのフェリーは埠頭を離れようとしているところでした。そこで、やむなく水上タクシーを呼ぶことに。

タクシーと言っても、自動車のようにランプやメーターがあるわけではなく、小さな船の横に「水上タクシー」と書いてあるだけ。釣り船と見分けがつきません。

フェリーが発着する田ノ浦に到着し、島の北東にある蕨地区まで山道を島を斜めに縦断するように車で向かいます。途中、島の中央部の久賀地区の小学校の前に、島に一つしかないという信号機を通り過ぎました。

「信号なんて別にいらないんだけど、島の子供が外に出たときに(信号機の使い方が分からないと)困るからあるんだよ」と丸田さんが教えてくれました。

20分ほどかけ、ようやく目的地の蕨小中学校に到着しました。

蕨小中学校に到着した後、丸田さんに連れられ、謝るために近くの片山さん宅を訪問しました。

初めて片山さんにお会いすると、もう何も気にしていない様子。少し拍子抜けしていると「今から運動会の準備をしにいくから」と声をかけられ、手伝うことに。


  氷をバケツに入れる片山さんら

軽トラの後ろに乗って港に向かい、停泊している漁船の中にある倉庫をあけ、中の氷をすくってポリパケツの中に入れ始めました。

このパケツで飲み物を冷やすために学校へ運ぶのです。

少しばかりこのバケツリレーを手伝ったことで、外部の人に一緒に何かをさせた、というコミュニティーの中に参加させる儀礼が済んだのかもしれません。

運動会が開かれる蕨小中学校の創立は1875年。最盛期には227人在籍していたそうですが、現在では小学生5名、中学生3名の計8名が学びます。

グラウンドは1周100メートルしかありませんが、小さな集落の中のコンクリートの二階建ての校舎は存在感があります。

134年めの最後の運動会。観客席には子供の両親はもちろん、街の住人の老人、この日のために戻ってきたOBの高校生が並び、最後の晴れ舞台が幕を開けようとしていました。


僕らの島生活
日本は7000近くの島で形作られ、本州などを除く離島のうち約400島に人が暮らしています。海に囲まれた小宇宙のようなコミュニティに残った独自性 は、画一的な大量消費から多様性が重視される時代の変化の中で魅力を増しています。離島をただ旅をするのではなく、島に生きる同世代の男性を訪ねてさまざ まな島の姿を紹介していきます。

美谷 広海(みたに・ひろうみ)
1975年フランス生まれ。小学校は富山、中高をギリシャで過ごす。引っ越し歴14回。大学在学中に佐渡島で能を演じる高校生を取材し、飛騨高山ドキュメンタリー映像祭入賞。2006年8月からブログ「世界を巡るFool on the Web」を開始。現在、IT企業の国際展開を担当。世界各地を転々としながら創作活動を続ける村上春樹的ワークスタイルが目標。


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